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Apocolypse Now!: Better angels of our nature



I was going to the worst place in the world...
and I didn`t even know it yet.
Weeks away and hundreds of miles up a river...
that snaked through the war like a main circuit cable...
plugged straight ito Kurtz.
It was no accident that I got to be the caretaker...
of Colol Walter E.Kurtz`s memory--
any more than being back in Saigon was an accident.
There is no way to tell his story without telling my own.
If his story is really a confession--
-Captain Willard reporting,sir.
-then so is mine.
-Captain. Good. Come on in.
-Thank you,sir.
-Stand at ease.
-General.
You want a cigarette?
No, thank you , sir.
-Have you ever seen this man before?
-No,sir.
-Met the general or myself?
-No,sir
Not personally.
-You`ve worked a lot on your own?
-Yes, sir, I have.
Your report specifis intelligence...
counterintelligence with Com-Sec, "I"Corps.
I`m not presetly disposed to discuss those operations, sir.
Did you not work for the CIA in "I"Corps?
No,sir.
Did you not assassinate a government tax collector...
Quang Tri Province,June 18,1968?
Captain?
Sir,I am unaware of any such activity or operation--
nor would I be disposed to discuss such an operation...
if it did,in fat,exist, sir.
I thought we`d have a bite of lunch while we talk.





















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Watch VD is for Everybody in ã��ã�­ã�\ã�¡ã�³ã�¿ã�ªã�¼  |  View More Free Videos Online at Veoh.com


Watch Case Study: LSD in ã��ã�­ã�\ã�¡ã�³ã�¿ã�ªã�¼  |  View More Free Videos Online at Veoh.com


















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第二章では、新しくやってくるパラダイムがモノ不足時間余りという、中世と同じパターンが基本となること。しかし「情報余り」「唯一無二の自分」「お勉強」という点で大きく違う、ということを説明しました。
 お待たせしました。この章では、いよいよ核心の「洗脳社会」を取り上げます。

 私たちは今の世界のパラダイム、つまり社会共通の価値感や世界観をどうやって獲得してきたのでしょうか?案外私たちは、今の自分たちの価値観を意識していません。社会から刷り込まれた価値観を「当然のこと」どころか「人間として自明の理」などと考えて、全く疑ってない場合が多いのです。

 例えば私たち現代人は、湾岸戦争の報道の中で「油まみれの海鳥」の映像を見ると、反射的に「環境汚染」という言葉を思い浮かべてしまいます。
 「戦争とは最大の環境汚染だ」と考える人もあれば、「海鳥が、かわいそう」と感想は様々です。しかし、あの「油まみれの海鳥」の映像を見たとき、おそらく殆どの日本人は「フセインはこんな環境破壊をやったのか。許せない」と考えたはずです。
 「戦争という一番くだらないことで、環境という一番大事なことが汚される。いけないことだ。こんな事を許しては、大変なことになる」当時の市民感情は、こんな感じでした。
 奇妙なこととは思いませんか?
 何故、我々は、あの海鳥の映像を見て環境汚染を連想したのでしょうか?別の時代、別の世界の人々なら、おそらくここまで一直線に連想は走らなかったでしょう。当然のことですが「油まみれの海鳥」は、環境汚染だけを意味するわけではありません。
 「うっわー、汚い」と単純に考えてもいいわけです。
 「死にかけてる」とか「食べられるかな」と考えてもいい。
 ギャグとして笑ってもいいし、「これは何という種類の海鳥だろう」と考えてもいい筈です。それなのに私たちの大多数は、反射的に「環境汚染!」と考え「困ったことだ」と考えてしまったのです。
 つまり「戦争は、いけない」「環境は、大事」という価値感が、私たちの心にしっかり刷り込まれているからです。極端な言い方をすれば、そう考えるように洗脳されているということです。
 洗脳されているからこそ、「海鳥の映像」を何の違和感もなく「環境汚染」という意味に読みとってしまいます。その連想は私たちの時代特有のものだと言うことに、気づきもしません。「人間として、当たり前の感情である」という意見も当時はよく言われました。
 つまり、私たちは既に、洗脳されているのです。



○「洗脳」とは何か? 

もちろんこれは、この問題に限ったことではありません。第一章で説明した、現在のパラダイムすべてに関して「そう考えるように洗脳されている」と表現することができるでしょう。
 「高度成長だ。素晴らしい。もっとがんばろう」という考え方も「バブル崩壊だ。大変だ。不景気だ」という考え方も同じです。すべてそう考えるように洗脳された結果だと、捉えることができます。

 洗脳といっても、別に暗い部屋に閉じこめたり、何度も何度も同じ言葉を聞かせたり、薬を飲ませたり、といった特殊なことではありません。それは経済活動と聞いて、強盗や押し売りや恐喝を思い浮かべるようなものです。ここでは洗脳活動を「多くの人々の価値感を、ある一定方向へ向かわせようとする行為すべて」として広義の意味において使っています。

 第二章で説明した、キリスト教の世界観に人々を導くのも洗脳行為です。宗教を盲信する、迷信的な人々を近代的合理主義に啓蒙するのも洗脳行為です。
 そんな可哀想な人たちを放っておけるか、それ啓蒙しろ、というわけで、洗脳といっても別に騙すだけではありません。迷信を信じている人たちを啓蒙する、といえば何となく聞こえが良いですよね。
 こういう場合は、よく「洗脳」ではなく「啓蒙」や「教育」という便利な言葉が使われたりします。が、「その人のためになるかどうか」という主観的で曖昧な基準によって「洗脳」と「啓蒙」を使い分けるよりも、むしろすべてを「洗脳行為」と定義した方が物事が明快になります。


○マスメディアの洗脳 
 
 現在の我々は、マスメディア無しに自分の意見を決めれません。それどころか、進学、就職、結婚、娯楽、これらの判断基準を全てマスメディアに頼って暮らしています。これらの問題を自分一人で考え、結論づけられる人なんて、殆どいません。
 勿論、「私は情報を得ているだけであって、洗脳なんかされていない」という反論もあるでしょう。しかし考えてみて下さい。「価値判断抜き」の情報などを、メディアは流しているでしょうか。
 メディアに載ることが、暗黙の内に価値を認められたという事であり、載らないような情報は価値がない。そんな風に、私たちはいつの間にか感じているのです。
 海の向こうの戦争は、近所の夫婦喧嘩より社会的に意味がある。
 私たちは、いつの間にかマスメディアによって、そのように洗脳されています。メディアに載った情報は、「メディアに載った」という、そのことだけで価値があり、そのことを、疑いすら出来なくなっているのです。
 新聞を毎日読む人は、読まない人を「本当に大事なことに関心がない、ダメな奴」と考えます。
 テレビに出ている赤の他人の夫婦関係を、自分の家族以上に気にしてしまいます。
 しばらく海外旅行に行った人は、むさぼるようにして留守中の「世界の動き」を取り入れようとします。
 つまり、マスメディアに洗脳され、自覚症状のない中毒症にかかり、おまけにそれを正当化しているのです。

 現在、マスメディアの洗脳力は絶大です。システムとして考えても、各家庭に平均一台以上のテレビがあり、多くの家庭が新聞を取っています。世界のどこかで事件があれば、少なくとも1日以内にたいていの人がそれを知ることになります。
 しかも、その情報は「事実のみ」ではなく、その事件が良いことか悪いことか、なぜそんなことが起きたのか、何が良かったせいかあるいは悪かったせいか、といった価値判断込みのものです。



○「高度情報社会」の正体

 私たちは高度情報化社会というと、ついつい「いろんな種類の情報が、溢れる社会」という風に考えてしまいます。マルチメディア本や、インターネット本を見ても、「世界中から情報が集まって、その中の好きなものを選べる」という、楽しいけれど無責任なヨタ話が載っています。
 しかし情報化社会の本質とは、「世界中の小さな事件の客観情報まで入ってくるのではなく、大きな事件の解釈や感想が無限に溢れ出す社会」なのです。

 判りにくいかもしれませんので、例を取って説明します。
 例えば、凶悪な殺人犯が捕まった、というニュースが流れたとします。ここから得られる客観情報は以下のものです。
 「警察は、特定された容疑者を逮捕した」
 「なぜ、容疑者と考えたかというと、このような証拠があるからだ」
 しかし、マスメディアは、この事件を以上のデータを報道するだけでは収まりません。こんな事を連日報道するに決まっています。
 「なぜ犯人は、こんなことを?」
 「この事件は、誰の責任か?」
 「再発を防ぐには?」
 「評論家や有名人は、どんな感想を持っているか?」
 「犯人の知人、家族、被害者の家族の気持ちは?」
 これらのことは客観的な事実、というものがありません。感想であったり、解釈であったりするものです。また、それらの解釈、感想をさらに他のコメンテーターたちが聞いて、自分の意見を述べたりします。そしてそれは、受け手が飽きるまで(売り上げや視聴率が下がるまで)続けられるのです。

 だから、そんな価値判断を除いて、事実のみをより分けて知ることは、とても難しい事です。しかも最近のニュース番組は、ますますワイドショー化されつつあります。つまり価値判断や世界観が、事実よりもずっとたくさん報道されていくようになるのです。
 以上のことから次のことが言えます。
 「高度情報社会とは、情報の数が増えるのではなく、一つの情報に対する解釈が無限に流通する社会である」
 

○ポスト軍事力としての洗脳

 そして現在の社会ほど、自分という情報に対する解釈、すなわち「自分は人にどう思われているか」が重要な社会はありません。
 例えばそれは、戦争という歴史的な事件にも反映されています。第一次世界大戦、第二次世界大戦、湾岸戦争を比較してみましょう。

 第一次大戦の勝利国は、多大な国土や多額な賠償金を獲得しました。が、それだけでした。
 ところが、第二次大戦の勝利国は、国土や賠償金も獲得しましたが「正義の国アメリカ」という巨大な洗脳力(イメージ)を手に入れたのです。逆にドイツや日本は「ファシズムの国」というマイナスの洗脳力を押しつけられたと言えます。
 これによって日本やドイツは、未だに膨大な負債(マイナスのイメージ)を背負っています。アジアの国に工場一つ作るときにも、他の国とは比べものにならない程、気も使わなければなりません。
 そして、つい最近の湾岸戦争では、戦う前から勝敗は決していました。
 それは洗脳力に圧倒的な差があったためです。現代のような情報社会では、A国対B国という単純な戦争は起こり得ません。A国とB国、どちらの方が軍事力があるか、経済力があるか、という問題よりも、どちらの方が洗脳力が高いか、の方が重要な問題となります。それはすなわち、A国・B国以外の世界中のあらゆる国が、どちらにつくかということを意味するからです。

 フセインのイラクに対してアメリカは「新世界秩序」というイメージで戦力、兵担、資金などを他の国から調達しました。だからこそ、赤字国のアメリカでもあんな戦争が可能だったのです。つまり第二次大戦では戦後の負債であった「イメージ」が、湾岸戦争では「勝敗を決める要因」となりました。
 自分をどう思わせるか、相手をどう決めつけるかといった「洗脳力」が、最大の武器になった戦争だったのです。

 

○メディアの本質
 
 こういった戦争における洗脳者としても、マスメディアは大活躍しています。というのも、マスメディアはキリスト教会などの洗脳システムに比べ、より洗脳に適したシステムだからです。
 大量の人間を効率よく洗脳できるという、数の問題だけではありません。マスメディアに限らず「メディア」というのは実は、洗脳のために発達してきたものであり、本質的に洗脳装置であるといえるからです。
 ここの処は、ちょっとややこしいですけど本質的な話をします。

 一般にメディアの本質は「意味の伝達だ」といわれています。
 が、これは大きな間違いです。確かにメディアには「意味を伝達する働き」があります。が、メディアの「本質」という点で考えれば「意味の伝達」ではなく「意図の強制」だと捉えるべきです。まず「言葉」という一番シンプルで、原始的なメディアを例にとって考えてみましょう。

 例えば子どもが崖っぷちに向かって走っていこうとしているのを見つけた親は、 「危ないよ!」と声をかけます。
 「危ない」ことを伝えたいのではありません。
 「行っちゃダメ」と止めたいのです。言葉だけ聞くと「危ない」という「意味を伝達」しているのですが、実は「行っちゃダメ」という「意図を強制」しているわけです。
 そういわれた子どもは「どうして?」と聞きます。
 なぜ危ないのか聞きたくてしょうがない、探求心あふれる子どもだからではありません。できればそっちへ行きたいからです。これも「行ってもいいことにしろ」という意図の強制です。
 それを受けて「落っこちて大怪我するわよ」と、さらに声を荒げて答える。
 言葉は違いますが「行っちゃダメ」という意図の強制力ヴァージョンアップであり、よりエレガンスな表現です。
 これが言葉のない言葉がない動物の場合、「意図」だけが明確に存在しています。
 例えばテリトリーの示威行動。
 「おれの縄張りにくるな!」という意図の強制があるだけです。
 また、優位劣位を確かめる行動も「おれに逆らうな」という意図だけ。
 求愛行動も「おれの女になれ!」という意図だけです。

 このように考えると、言葉のやりとりというのは、実は意図の押しつけ合いだということが判ります。だいたい誰かに何か話そうと思う心の底には、その誰かになにかさせたいとか、何か思わせたいという気持ちがあるからなのです。先ほどの例が別に特殊なわけではありません。
 例えば同僚のA君が上司Bさんの仕事上の不手際を事細かに話してきたとします。その場合はたいてい「おれの味方になってくれ」というのがA君の意図だと考えられます。話の内容や状況によって、どう味方になってほしいかは様々です。
「無能な上司を持ったおれに同情してくれ」とか「上司Aの悪口を一緒に言ってくれ」だとか「仕事のミスは上司Aのせいで、おれのせいではないのをわかって擁護してくれ」といった感じです。これも誰かになにかを話しかけることがすなわち何らかの意図を相手に強制するための行為だというわかりやすい例の一つです。
 こう考えれば、話しかけること、つまりコミュニケーションはすべて意図の強制、洗脳を目的としているといえます。すべてのコミュニケーションとは洗脳行為でしかありえないのです。



○「報道主義」というイデオロギー

 しかし、これがノンフィクション、特にニュース番組や新聞といった「事実」を報道するものの場合、私たちは「意図を強制」されているとは気がつきません。
 私たちはニュース番組を見るとき、ついその内容を「客観的事実だ」と考えがちです。報道に携わっている人たち自身、自分たちは客観的事実を伝えているんだと考えているので、ますますややこしくなります。けれども実は「事実を客観的に報道する」なんてことは不可能です。

 たとえばA国対B国の戦争報道について考えてみましょう。(ここで述べるのは、「A国側、B国側、どちらもきちんと取材して正確に伝えるのは難しい」とか[A国、B国、いずれが悪いにしろ不幸なのは戦争に巻き込まれた一般市民である」という捉え方も一つの洗脳行為になるといったことだけではありません)
 もともと報道というジャンル自体が「隣の家の夫婦喧嘩よりも、遠い国の戦争の方が大切なことだ」といった報道主義的価値感を強要してきます。
 確かにこういった「世界や日本で起こっている政治や経済のことを知りたがり、いろいろ自分で考えたり批判したりするべきだ」という価値体系は、民主主義を支える基本の考え方になる大切なものです。が、大切であろうとなかろうと、洗脳行為であることに違いありません。それはワイドショー番組が「隣の家の夫婦喧嘩よりも、遠い東京の地下鉄サリン事件の方が大切なことだ」という価値基準を強要してくるのと全く同じことです。

 ジャーナリズムとは、「報道主義」という意味です。もちろんそれは「主義」なのですから「暗黙の前提」を中に含んでいます。それは「報道という行為は正しい」という前提です。
 中立的な報道、報道の義務、報道人のモラル、いろんなことがメディアでは語られます。しかし「何で又、報道なんて必要なの?」といった本質的な問いは、いつの間にか「みんなが望んでいることを報道する」という答えにはぐらかされます。
 ジャーナリズムは、一見「事件」等の情報を流し、「意味を伝達」しているかに見えます。しかし実際は「こんな大変なことが起こった=この事件は、みんなにとって大事なことだと思え」という意図の強制を行っているわけですね。その結果、私たちにとって新聞を読み、ニュースを見るのが常識になってしまいました。つまり、「ジャーナリズムの必要性」を洗脳されたのです。
 私たちに、そんな奇妙な考えを刷り込んだジャーナリズム。これも立派な洗脳と言えるわけです。



○兵器としての映画

 さて、言葉よりも複雑なメディアは、「意図の強制」は発見しづらくなります。
 例えば映画やテレビドラマ、ゲーム。こういった複雑で総合的なメディアの場合、「意図」は巧妙に隠されていたり、作り手の思わぬところについ入ってしまっていたりします。ここで「作品の意図」といえば、作品のテーマのことだろうと単純に考えてはいけません。
 例えば映画の一カットに「どんより曇った空」があったとします。その意味は「空が曇っている」というだけです。そのうえにストーリーの文脈上「雨が降ってほしい」とか「降ったら困る」とかといった意味がつきます。
 が、それだけではありません。それが主人公の暗い気持ちを象徴していたりするときもあれば、これから起きる事件を暗示している場合もあります。また、そのときの空の色や雲の流れが美しく、作品全体のトーンにあっている、ということも大切です。
 このトーンや美意識を、「こういうのが綺麗だと、あなたも思いなさい」という意図の強制である、と考えてみて下さい。こういうことを書くと「被害妄想症か、サブリミナル・バカ」と思われそうなので、もう少し説明します。

 大体、美の基準等は個々人によって違いはあれ、ほぼ同じです。何を見て美しいと思うか、醜いと思うかはある程度同じなのです。ところが、「ある程度、同じ」では映像作品は成立しません。
 例えばアクション映画で、食肉工場の倉庫に主人公が逃げ込むシーンを考えてみましょう。白々とした蛍光灯の光、主人公の吐く息の白さ、天井から無数に釣り下がっている牛の死体が緊張感を高めます。そして、このシーンの撮影場所をここだと選んだのは監督です。彼の美意識は、ここが緊張する、非日常的空間だと主張している訳です。
 ところが食肉加工業者にとっては、ここは毎日の職場です。では彼は、大多数の観客のようにこのシーンに緊迫感を感じないでしょうか?そんなことはありません。 前後のストーリー展開、緊迫する音楽、不安げな主人公の表情。こういった「総合的なシーンの描写」で、食肉加工業者も又、このシーンを不気味に感じてしまいます。この映画を見終わった後、しばらく彼は自分の仕事場に違和感を持つでしょう。つまり「監督やスタッフの解釈や美意識」を刷り込まれたわけです。「食肉加工倉庫は不気味だと思え」という意図を強制されたのですね。
 映像(特に暗い場所で集中する映画)は、このようにして見ている人間の美意識を、スタッフの解釈通りに均一化します。そうしないとモンタージュやメタファーといった映像技法は通用しませんし、ストーリーを語ることも困難になってしまいます。

 ストーリーを見ているつもりが、いつの間にかライフスタイル、価値観を刷り込まれている。フランスがよく主張する、「ハリウッド映画は、文化侵略である」というのは、こういう意味です。独裁者たちが、必ず映画好きなのも、同じ理由です。
 フランスの建築家P・ヴィリリオは「統一的なアメリカのイメージを作り、広めたのは軍産複合型の映画であった。その中ではアメリカの日用品などのデザインを通じてプロパガンダ戦略が展開された」といっています。
「洗脳と気付かせない洗脳」が、最も効果的なのです。

 そのうえ、良い作品であればあるほど、作品全体で一つの価値体系や世界観、美意識を表現しています。こういった複雑な意図の押しつけは、もはや洗脳行為だといって差し支えないでしょう。その時代の不安や不満という「洗脳ニーズ」にあった作品は、大きな洗脳力を持ち、人々を動かすことができます。
 一度、「フォレスト・ガンプ」や、ビートルズの歌、東京オリンピック等を、「作者の美意識や価値観の押しつけ」という視点で捉え直してみて下さい。古き良きアメリカ、自由、繁栄と国際化。作者たち自身も、自分では気付かなかった価値観を見つけられるかもしれません。



○「自由洗脳競争社会」

 このように、あらゆるメディアは洗脳装置です。メディアとは、洗脳装置としてしか存在し得ないのです。私たちは生まれてすぐ、母親や周りの人間から洗脳され始めます。それは「しつけ」や「教育」「常識」「教養」といったような言葉で表現されている洗脳です。そして、それら洗脳の中でも、近代においてもっとも巨大で効率的な洗脳装置が、マスメディアだったのです。

 が、現代はそれが少しづつ変わりつつあります。まだまだごく一部の人たちにとってですが、パソコン通信といった、双方向発信のマルチメディアがマスメディアに変わって大きな位置を占め始めているのです。
 今までマスメディアに一方的に洗脳され続けてきた一般人が、初めて自分から不特定多数の人に向けて自分の意見を述べるシステムを手に入れたのです。
 マルチメディア内では誰もが情報発信者、つまり洗脳者になりうるし、同時に誰もが被洗脳者でもあります。今までマスメディアから洗脳を受け続けるだけだった被洗脳者たちは、マルチメディアの発達によって解放されるわけですね。
 こうした誰もが洗脳者になれる社会を、私は「自由洗脳競争社会」という言葉で捉えています。これは近代が「自由経済競争社会」であったことに対して、私が考えた造語です。

 「洗脳競争」などというと、何かとてもあやしげで罰当たりな感じがするかもしれません。しかし、決してそうではありません。
 例えば中世ヨーロッパの人たちが「自由経済競争」という言葉を聞いたら、たぶん「哀れみの心、慈しみの心のなくした悪魔のような人たちばかりの社会だ」と恐れおののくことでしょう。
 だって考えても見て下さい。自由経済競争の原理とは「みんなが自分の利益ばかり考えたら、結果的に社会は安定する」などというメチャクチャ罰当たりな考え方なのです。では、私たちの今の世界は「欲ボケばかりが徘徊する、この世の地獄」でしょうか?
 いいえ、けっしてそうではありません。いつの時代も新しいパラダイムは、古いパラダイムにどっぷり浸かっている人からは罰当たりに思われがちなのです。

 

○経済から洗脳へのバトンタッチ

 近代の経済成長が、「自由経済競争の原理」の上に成り立っていることは、改めて説明する必要はないでしょう。個人個人が自分や自分の会社の利益のみを追求することが、結果的に社会全体を活性化し、社会に動的安定をもたらし、全体的な経済成長を促す、という考え方です。
 もちろんこれは近代独特の特殊な考え方です。中世では「自分の利益を追求する」なんて罰当たりなことが「正しい」「社会のためになる」なんて誰も思いつきませんでした。それよりも貧しい人に施しを与えることの方が立派でした。それどころか、働かず貧しく清らかな生活をしている人の方が、現世の欲に溺れている人よりずっと尊敬に値すると考えられていました。

 それが、第二の波・産業革命とともに、大きく変化したわけです。それまで固定されていた身分は流動的になりました。そして全ての人に、豊かになるチャンスが与えられたのです。
 自分の才能を生かし、チャンスを生かし、一生懸命働いて成功することこそ、立派なことだと考えられるようになりました。
 逆に貧乏に甘んじているのは、怠け者で情けない人たちと決めつけられました。
 もちろん「施し」に代わって「福祉」という制度も誕生しました。が、いきすぎた福祉は、自分から働こうという意欲をなくすので良くない、と言い出す人たちの声は自信に満ちていたのです。
 自然界においては弱いものは早く死に、強いものが長生きし、たくさんの子孫を残す。これが結果的にその種族全体を存続し繁栄させることにつながるわけです。それと同様、人間社会も自然淘汰してこそ社会が正常に発達する、常に新しい強いものが社会のピラミッドをのぼれる社会、これこそがよい社会だと考えられるようになったのです。

 それまでは変化のないことこそ、安定した社会の条件でした。自分が農奴に生まれてきたのは神の御技です。それを変化させようなどというのは、とんでもないことでした。それが常に皆が上をめざし、強いものがより上へのぼり、弱いものは落ちていく、この動きによってバランスが保たれるというのが自由競争社会の原理となりました。
 あたかも生物が食物を取り入れ燃焼させ、体を維持しているように、循環させることによってバランスが保たれるのです。生物は皆血液を循環させ、酸素やエネルギーを体中に運び代謝しています。止まっているのは死んでしまった生物だけです。
 ですから、自由経済競争においてもっともいけないことは、こういう自然の動きを止めることです。会社の莫大な財産を、子どもに継がせようとしたり、価格協定を結んだり、ギルド制を復活させて自由に職業に就けなくしたり、保護貿易を行ったり。
 こういった制約がないほど、経済活動はより活発に、そして正常に行われるわけです。土地中心の封建制度が革命などによって崩壊し、自由主義国が誕生したといわれます。この「自由」というのは自由経済競争の社会が誕生した、ということなのです。
 そして現在、新しく変化しつつある社会とは、経済行為が自由になった近代に対し、洗脳行為が自由になり個人に解放されつつある社会である、というのが本書の主張です。

 

○独占されていた「洗脳装置」 
 実は今までは、ずっと洗脳行為は常に権力者に独占されていました。中世ヨーロッパにおいては、それはもちろんキリスト教の聖職者たちによってです。それはどんな小さな村にも教会をおき牧師を送り込む、という原始的な方法でした。
 それに対し、近代の科学主義的価値感は、まず革命家や、それを継ぐ資本家によってなされました。洗脳活動はマスコミという文明の利器が活用されました。それは当初、新聞中心だったのがラジオ、そしてテレビに進化しました。
 今ではマスコミ自体が産業界や財界の意図を離れ、マスコミ自体の必要性を訴える洗脳装置となっているわけですね。
 もともとマスコミを中心とするマスメディアは、科学技術の発達の産物として生まれました。いわば科学の樹になった果実です。
 そびえ立つ科学の大木は、人々の不安を吸い上げます。「いつかは科学の力で病気がなくなる」「貧富の差もなくなる」。マスメディアは、そんな「科学という神」を宣伝するショーケースであり、人々はその美しさを愛でました。
 が、それだけでは終わりませんでした。特にマスコミは民主主義というシステム上、必要不可欠なものです。自分たちの利益を代表するはずの政治家が、公約通り自分たちの利益を守っているかを確認するためには、マスコミという広報機関がどうしても必要だからです。

 国民にとってはそういう意味を持つマスコミですが、政治家にとっては大変便利な洗脳機関でもあります。国民はマスコミを通じてあっというまに科学主義、自由経済主義、民主主義といった考え方を吸収しました。国民はマスコミによって経済成長を実感しました。つまり「科学が発達し、より豊かになっていく今の世の中はすばらしい」と洗脳されたのです。国はどんな田舎でもNHKが映るようにがんばりました。国民は少々貧乏でもテレビを買いました。

 こうしてマスコミの力はどんどん増大し、やがては政治家や科学者にも統制がとれなくなってしまいました。マスメディアの実は膨らみ、重くなって、やがて科学の樹からどすっと落ち、地面に根を生やし一人立ちしたのです。
 こんどはマスメディアという大木が育っていきます。「みんなに私の悩みを聞いて欲しい」「みんなで考えなければならない問題だ」人々の不安を吸い上げて、メディアの樹は大きくなる一方に見えます。
 現在、マスメディアは相変わらず洗脳行為を独占してはいます。しかし、こうなるとマスコミ内部での矛盾が目立ち始めました。
 同じ事件に対するメディア毎の取り組み方の差が気になり始めます。
 どのTV局も同じことをいうときにはかえって胡散臭さを覚えます。
 裏で何かあるのではなかろうか、と勘ぐってしまうのです。こうした疑惑は洗脳装置としては致命的ですよね。

 今や皆マスコミを信じ切れずに、ある意味で途方に暮れています。第二章で書いたように、新しい「人生悩み相談引き受け係」が必要とされているのです。つまり新しい洗脳システムが求められているのだ、とも言えます。
 ここで必要とされる洗脳装置は、もはや単一の価値感を提供する一つの団体の為のものであることは不可能です。マスメディアの異常発達によって引き起こされた「情報余り」の状態が、単一価値感を保つことを不可能にしているのです。
 つまり、「第三の波=情報革命」によって引き起こされるのは、単一洗脳システムの崩壊であり、マスコミ独占洗脳体制からの解放です。そしてこの解放を具体的に支えるのは、マスメディアが生み出し、今もっとも注目を集めている「マルチメディア」なのです。
 私が既存の全てのマルチメディア本、インターネット本を批判する理由は、これです。多くの学者や専門家たちが「デジタル革命」と脳天気に呼んでいる技術革新は、実はこういう社会変化・価値観変化を内包しているわけですね。



○市民に開放された「洗脳」

 ここまでの話しで、ちょっと変に思われた方も多いでしょう。
 「ちょっと待て、お前は第一章で「科学は死んだ」と言ったぞ。なのに今度は「マルチメディア万歳」と言うのか?」
 うーん、見事なツッコミです。でも、矛盾はないつもりです。
 「科学が死んだ」という意味は、「もはや私たちは、科学によって幸せが来るとは信じられない」という意味です。しかし第二章で説明したとおり、農業革命や産業革命といった技術革新が旧い世界に引導を渡し、新しい世界を創る。
 マルチメディアとは、この新しい技術革新です。これによって起きる価値観変化は「科学主義」という、いわば「物質文明」「経済・産業主義」に引導を渡します。
 なんかハイテク・ヒッピーみたいな人だと誤解されそうなので先に言っておきます。私は「物質文明が終わって精神文明が来る。そこでは人々は本当の心のやすらぎを云々」なんて陳腐なことを主張するつもりはありません。「精神文明」が来たとしても、我々はそこで相変わらず悩みを持ち、競争するのです。「みんなが豊かになれる社会」という近代の正体が「どれだけ豊かになれるか競争すること」だったように、新しい社会でも競争はなくなりません。その競争のツールがマルチメディア=デジタル革命なのです。
 マルチメディアは、これまでマスメディアの特権であった洗脳を一般市民に開放します。それは農業が部族長の特権だった食事の保証を解放したのと同じです。産業革命は貴族の特権であった「芸術」「生活」を市民に開放しました。それは第一章で触れた「演劇は映画になり、室内管弦楽はレコードになった」と言うことです。

 「技術は権力者の特権を市民に開放する」
 これが原則です。だから「マルチメディアの力が、権力者の特権『洗脳』を市民に開放する」ということが言えるわけです。


 今まで説明したことを、まとめてみましょう。
 「マルチメディアの発達によって、歴史上初めてすべての人々が被洗脳者から洗脳者になるチャンスを与えられるようになる。それによって自由洗脳競争が始まる。
 人々のニーズをつかみ、もっとも効率よくそれを生産して販売することによって多くの富を得られるのが、自由経済競争社会。それに対し、人々の不安や不満をつかみ、もっとも効率よくそれを解消する方法を提案することによって、多くの尊敬と賞賛を得られるのが自由洗脳競争社会。得られる利益は経済利潤ではなく、洗脳利潤、つまりイメージである」
 これが「洗脳社会」「自由洗脳競争」の定義です。



○実例1・「パソコン通信の世界」

 「自由洗脳競争」の土壌はすでに社会の特殊な場面で生まれつつあります。
 例えばパソコン通信という環境。パソコン通信は、誰もがそこに書き込まれていることを読むことができると同時に、誰もが不特定多数の人たちに自分の書いたものを見せるということが可能になった世界です。パソコン通信の最大・唯一の特色はそこにあります。
 パソコン通信というと「ワープロ入力で送る電話器」とか「紙の要らないFAX」というイメージがあるかもしれません。また、株価や円のレート、翻訳サービス、新聞の検索サービスといった情報サービスが素晴らしいと考えている人もまだまだ多いようです。
 しかし、現実にパソコン通信の最大手であるNIFTY・Serveの利用実態をみてみると、それが全く見当違いであることがすぐに判るでしょう。

 会員数111万人を誇るNIFTY・Serveの最大の魅力は、フォーラムを読んだりフォーラムに書き込んだりすることです。NIFTYでは話したいテーマごとに「フォーラム」というサークルに分けられています。たとえば映画のフォーラム、パソコンのフォーラム、料理のフォーラム、アニメのフォーラム、といった具合です。95年夏現在、746ものフォーラムが存在しています。それぞれのフォーラムごとに更に細分化された「会議室」が10~20あります。つまり七千~一万四千もの会議テーマが存在しているわけですね。

 これらのフォーラムの中で、もっとも書き込み数、参照数ともに多いものの一つにアニメーションフォーラム群があります。アニメーションフォーラム群は「アニメ」「特撮」「声優」の三つのグループに分かれ、全部で十三ものフォーラムがあり、二百以上の会議室が軒を並べています。
 このフォーラム内では、アニメに関する自分なりの意見や感想が盛んに交わされています。自分なりの意見でよいわけですから、そのことに興味がある人なら誰もがいつでも意見を発表することができるわけです。また、それを読んだ見ず知らずの人が「自分の発言に対する意見」(発言に対するRES、と呼ばれます)を書いてきたりもします。
 当然自分も「他人の発言に対するRES」を書き込んだりもできます。テーマが決まっている「電子井戸端会議」というのが一番近い表現でしょうか。アニメのフォーラムではアニメ業界の人も読んでいる人が多いし、中には書き込んでくれる人もいます。憧れの監督から返事をもらえることもあり得るし、その監督とタメ口で議論、なんて話も珍しくありません。

 実際は書けばすぐ返事が返ってくるわけではないので、交換ノートともいえます。(すぐ返事が返ってくるCHATと呼ばれる電子会議システムも人気です)井戸端会議ですので、ベテランで、デカい顔をして、いろいろ新参者に教えてやるお節介がいたりもします。皆の知らない最新情報や裏情報を知っているためや、見識のある発言で一目置かれている人もいます。いろいろな人にうまく愛想のいいRESを書いて好かれている人もいますし、逆の理由で嫌われている人もいます。
 ただ、この井戸端会議の凄いところは日本中から、電話料金さえ気にしなければ、世界中から参加可能なところです。しかもそれが人気フォーラムともなれば、その井戸端会議で口を開く人が何百人、何千人、回りで聞いている人が何万人、何十万人単位といるわけですね。
 文芸春秋の発行部数が××××部、週刊朝日の発行部数が□□□□部だということを考えてみてください。この数がいかに大きな影響力を持ちうるかは簡単に予測できることです。しかも、NIFTYの利用者数、フォーラム数、フォーラム書き込み総数、参照総数、どれをとってみても増加の一途をたどっています。

 また、NIFTY以外の小さいパソコンネットも、数が増えつつあります。同時にこういった草の根ネット同士をつないでNIFTYに対抗する自分たちのネットを作ろうという動きもあるようです。今、流行のインターネットも目が離せません。
 30年後、パソコン通信の実態がどうなっているか、一つに統合されているのか、無数の小さいネットなのか、それらの連合がいくつかあるのかは判りません。
 が、パソコン通信が私たちの生活に深く入り込んで、社会の自由洗脳競争を支える土台の一つとして大きな役割を果たしていることだけは確かでしょう。



○実例2・「コミックマーケット」

 コミックマーケットという同人誌即売会があります。
 通称「コミケ」と呼ばれるこの同人誌即売会は、毎年夏と冬に晴海の見本市会場や他の巨大な会場を借りて盛大に行われます。ここでは、アマチュアでさえあれば誰でも少しのディーラー料を払うだけで自分たちで作った同人誌を売ることができます。
 ディーラー希望数は毎年増加の一途、(毎回三万以上のサークルが申し込み、一万六千程度のサークルが参加を認められる)また、その同人誌を買いに来るお客さんたちも十五万人を越え、販売される同人誌の売上冊数は四百万部以上、総売上金額は毎回二十億円を超えています。そのため、2日ずつディーラー総入れ替えで行ってきたコミケは、今年から3日ずつと増やされたくらいです。夏冬2回のコミケを運営するためだけの会社、株式会社コミックマーケットが作られたほどですから、いかにすさまじいものかお判りいただけるでしょうか。

 このコミケの特徴は、なんといっても「本さえ作れば誰でも参加して売ることができること」です。もちろん誰でも買うこともできます。完全に双方向の自由洗脳競争状態といえます。
 会場では10冊20冊単位のコピー誌から、プロ顔負けのフルカラーの同人誌まで売られています。実際、人気同人誌はわずか数時間で数千冊を売り切ります。少部数人気同人誌などは、会場前に他のディーラーたちが買い占めに走るというのですから、双方向もここまでくれば立派なもんです。

 人気同人誌の中には、プロのマンガ家が名前を変えたり、あるいは本名で描いているものもあります。その方が様々な制約から逃れて自分の描きたいものが描ける、というのが主な理由であるようです。他人の作品のキャラクターを使用したり、パロディにしたり、ちょっとHな要素をふんだんに入れたりも自由です。
 が、別にプロが描いているものが売れて、アマチュアのものはあまり売れないと言うわけではありません。また、編集ソフトやワープロの普及によって、アマチュア製だからといってほとんど見劣りがしなくなりました。コミケ会場においては、プロは供給側、アマチュアは消費者という図式は全く当てはまりません。自由洗脳競争社会がここではすでに成立しているのです。



○洗脳社会の勝者

 近代を「誰もが豊かになるために競争する社会」と表現するなら、これからは「誰もが他人に影響を与えることに競争する社会」と言えるでしょう。近代の自由経済社会が弱肉強食であり、新陳代謝することによってバランスが保たれるのと同様、来るべき自由洗脳社会も弱肉強食であり、新陳代謝することは避けられない必然です。
 経済力が個人や団体の能力によって評価されるもので、子どもに継がせたり、価格協定したりするべきでないのと同様、自由洗脳社会においても、世界観やキャラクターを子どもに継がせたり、国やテレビ局同志が情報規制をしたりするべきではありません。
 そんなことをしたら、結局損をするのは自分たちです。人々が求める価値感や世界観は一定ではなく、常に社会の変化とともに変化するからです。つまり、不要なイメージの在庫を貯め込んでいたら、せっかく新しいイメージを打ち出そうとしても効率が悪くなる、といったところでしょうか。

 また、人々の不安や不満のある部分を埋める価値感が大きく受け入れられれば、別の部分で不満や不安が出てきます。その上、世代や年齢・性別・生活水準・職業や立場・性格など、様々な要因によって求められる価値感や世界観が、同じであるはずもありません。こうして刻々と移り変わる、様々な不安を解消するためには、単一の価値感やパラダイムでは不充分なのです。

 現在、様々な商品が様々な年齢や生活水準の人のために存在するように、様々な価値感・世界観が様々な人々の要望に応えて存在する世界。それが、これからやってくる洗脳社会のリアルな姿です。みんなテレビを見て社会から遅れないように、また、はみ出さないように気を使っていたのが、自分なりの常識で世の中を動かそうとしのぎを削る社会になるわけです。
 といっても、皆が好き勝手に行動するのではありません。具体的には「ぼくの周りではみんなこう思っている」とか「今自分が注目しているあの人がこう言った」といった、様々な価値感を複数選択して組み合わせ、自分なりの価値感を作り出すことになるでしょう。洗脳社会の中での、個人のふるまいに関しては、次章で詳しく説明します。



○「洗脳力」のある企業
 
 現在も自由経済競争の原理が崩れ、自由洗脳競争の時代に入りつつある兆候はそこかしこに見られています。
 例えばディズニーランド。
 ここはバイト不足に悩んだことはありません。あんなに就職したがらない若者たちも、ディズニーランドには就職したがります。これを見て一般企業はCI戦略を考えてみたり、テレビで自社のイメージCMを放映してみたりします。が、これは「これからの男は金じゃない。中身だ!」と言われて、服や靴を買うようなものです。確かに身だしなみに気を使うことは清潔感やまじめさをアピールする上で多少効果があるかもしれませんが、これだけで何とかなると考えるのは大間違い。

 例えば普通の企業にはなくて、ディズニーランドにあるものは何でしょうか。みんなが持っているディズニーランドという職場に対するプラスのイメージです。お金儲けではなく、人々をとことん楽しませようというコンセプト。明るく楽しそうな職場。才能に応じて様々なことにチャレンジさせてくれそうな開かれた感じ。アメリカ的合理主義による整然とした運営方針。
 別にディズニーランドがそんな職場だといっているのではありません。そうではなくて、みんな何となくそんなイメージを持っているということが大切なのです。こういうプラスイメージが現代では資本力よりも大きな力を持ちつつあります。
 私はこういうプラスイメージを、「資本力」に対して「洗脳力」と呼びます。洗脳力のバロメーターは、就職希望者数だけではありません。必要ないものを買わせる力も、その現れです。

 ディズニーランド内で売っているミッキーの耳付き帽子。町中では絶対かぶれないこの帽子を、園内でかぶって歩いている人をよく見かけます。これも、洗脳力のなせる技です。(洗脳が進むと、逆に町中でも平気でかぶれるようになってしまうのですが)
 だいたいミッキーマウスグッズ自体、洗脳力のたまものです。耳のでかいネズミの絵がついているだけで、普通の2倍も3倍も売れてしまいます。これは小さい子どもがクレヨンしんちゃんやセーラームーンの商品を欲しがるのと似ていますが、もう少し事情は複雑です。単純にお話やアニメの中のミッキーが好きで友達のように思っているからではありません。もっと「ミッキーマウス」にのっかっているイメージがほしいのです。
 「アメリカっぽくて、センスの良い」「オバサンぽくない、夢をなくしていない」「キティちゃんほどガキっぽくない」等々。これも洗脳力が高いと言える事象です。
 これからのモノ不足の社会では「品質の高いより良いもの」を提供する、経済活動はどんどん縮小され軽視されるようになります。と同時に、こういった洗脳力の差がもっと大きく影響するようになっていきます。
 私たちは洗脳力なんていったって、所詮イメージにすぎないとつい考えてしまいがちです。が「お金」というもの自体がただの紙切れであってイメージにすぎないことを考えれば、イメージがいかに大切であるか、少しは納得していただけるでしょう。


○架空企業「S.D.L」

 ここで少し、経済影響力がもっと小さくなって、洗脳影響力がもっと大きくなった近未来社会を考えてみましょう。その社会にそのとき巨大な洗脳力を誇る、ある団体が存在するとします。仮にこれをスーパーディズニーランド(S.D.L)と名付けてみましょう。別にこの団体は、遊園地を経営してるわけではありません。コンピューターソフトの開発をしているかもしれませんし、酒を造っているかもしれません。

 S.D.L.は殆ど全てのスタッフがボランティアです。それでも参加希望者は後を絶たないので、他の団体や企業より優秀な人材が集まります。スタッフは無給ですが、宿泊施設や食堂が完備しているので、当座困ることはありません。
 S.D.L.のほとんどの敷地や設備も、様々なところからの寄付や無料貸与によってまかなわれています。従ってS.D.L.の維持費は他に比べ異常に安いと言えます。それに伴い、営利を目的としないS.D.L.の生産品も破格の安さです。
 S.D.L.は経済的に見ると、資本金も資産も取るに足らない小さな企業です。が、人々に対する影響力、つまり洗脳力では爆発的な力を持っています。これが洗脳社会に置いて、優良な会社です。

 「ちょっと待った。そんな組織、会社って『カルト教団』じゃないのか?」と思われる方も多いでしょうから説明します。
 「自由経済社会」を理解できない昔の人は、こう考えるはずです。
 「『自由経済社会』って、要するにどんな手を使っても、金を得た奴が勝ちなんだろう。だったらそんな社会って泥棒だらけじゃないのか?」彼の考えは理解できますが、ハズしていますよね。
 「自由経済」だからこそ、最も忌むべき犯罪は他人の財産を不当に横取りすることなのです。
 「自由洗脳社会」でも同じです。この社会で最も忌むべき犯罪は「他人を強制的に洗脳すること」です。
 お互いに自由に洗脳しあっているからこそ、社会は安定し、人々は安心して色々な価値観を試し、洗脳されることが出来る。そんな中で他人を拉致監禁して、強制洗脳する事は最も嫌悪される行為です。そして「プラスのイメージ」が資産になる洗脳社会では、みんなから嫌悪される、というのはとてつもない大ダメージなのです。



○未来企業を左右する「イメージキャピタル」

 経済社会の考え方にどっぷり浸かっている私たちは、ついお金やモノの多い少ないで物事のすべてをはかろうとしてしまいます。
 高度経済成長の真っ最中の頃、私たちは「大きい会社」が偉いと考えていました。敷地も設備も社員数も資本金も、とにかく大きいことはいいことでした。安定した立派な会社でした。ところが最近は、小規模で利益率の高い「ベンチャー企業」の方がよいとされています。
 「大きさ」より「儲け」の時代になったのですが、これはどっちにしろモノやお金に縛られた考え方です。が、考えてみればS.D.L.のようにお金や資産がなくても人が動いてくれて、生産物(おそらくソフトウェア)が熱狂的に受け入れられれば、同じことです。
 巨大な資本で人やモノをお金で買収するかわりに、強力な洗脳力で人やモノを動かすのです。
 そして、これからの「モノ不足情報余り」の社会は「お金」よりもイメージ、つまり洗脳力によって物事が動きやすい時代なのです。

 これからの企業にとって、生き残る為に最も大切なことは洗脳力と言えます。現在でも、企業ごとに洗脳力は大きな差があります。また、人々の心に潜在的に存在するイメージも会社によって違います。私はこれを、経済資本に対して幻想資本(イメージキャピタル)と名付けてみました。

 これからの企業は、幻想資本がなければ誰も雇えないし、仕事も取れないし、商品も売れない、株すらも売れない、と言う状況になります。洗脳力というのは、CIやブランドイメージではありません。あえて言うなら、会社のキャラクターやイメージリーダーという感じでしょうか。従って、単純で具体的であることが大切です。
 その為、安定した大企業で会社の顔が特定できないようなところは、高い洗脳力や豊富な幻想資本を持つことが大変難しいと言えます。
 逆に、小さいけれども急成長していて注目を浴びやすいベンチャー企業などは、洗脳力を持ちやすいでしょう。こうしたベンチャー企業には、たいてい伝説の創設者や伝説の事件、みたいな話が伝えられていて、それがその企業のイメージを代表しています。(APPLE社が有名な例です)
 こうしたイメージキャピタルを利用して、スタッフやボランティア、スポンサーのサポートを使い、新しい商品を売り出したり、新しい戦略を打ち立てたりするわけです。そして、その商品や戦略によって、より強固な、もしくは、別の新しいイメージをまた作り出します。近代の企業がお金を投資して、より多くのお金を獲得するように、洗脳企業はイメージキャピタルを投資して、より多くの、より良質のイメージを獲得するわけです。



○イメージキャピタルに恵まれたSONY、APPLE

 イメージキャピタルを投資する、と言う表現は少しわかりにくいかもしれません。が、先ほどのS.D.L.の例を思い出して下さい。
 洗脳社会の企業の仕組みはこうです。
 まず、その企業やグループを代表するキャラクターやイメージリーダーが存在します。たいていそれは一人の人です。たまに、そういったキャラクターの組み合わせとして2~3人のグループという場合もあります。
 人々は、このイメージリーダーが持っているイメージを、グループ全体のものと考えますし、そのグループの活動は、そのイメージリーダーがやったこと、少なくとも指示を出したことと考えます。
 そして、このイメージリーダーの価値観に賛同する人が、ボランティアスタッフとして集まるわけです。社員のように、かかりきりで働いてくれる人もいれば、自分がいる会社の自分の立場を利用して、いろいろの物事を少しづつ融通してくれる程度の人もいます。
 また、そのまわりにはサポーターとでも呼ぶべき「ファンとお客さんの間」みたいな人たちがいます。これはJリーグのサポーターと考えてもらってもいいですが、もっとわかりやすいのは、一昔前のSONY商品のユーザーです。

 少し話は、ずれますが「イメージキャピタル」の良い例なので、説明します。
 SONYの新製品が出ると必ず買うというお客さんがいました。もちろん必要かどうか、いい商品かどうかは関係無しです。彼らは「SONY」という会社のイメージに賛同し、そのイメージが欲しくて買うわけです。
 都会的でハイセンス、最先端技術を駆使した若者のための、といったイメージです。と同時に、彼らは彼らの好きなSONYがよりSONYらしくどんどん育つように、それを支えるつもりで買っているわけでもあります。ですから、彼らは非常に優秀でシビアで的確な製品チェックモニターでもあったわけです。こういった人たちはサポーターの鏡ですね

 熱狂的なファンを持つAPPLE社も同じです。伝説に包まれた強烈なキャラクター「二人のスティーブ」ことワガママ・ジョブズと菜食主義者・ウォズニアクが作った小さなコンピューター、アップル・は瞬く間に世界を変えました。当時のハッカーたちはこの会社を熱狂的に支持し、不世出の天才ビル・アトキンソンや「砂糖水売りなんか辞めろ」と説得されてペプシ社副社長を退任、APPLEの社長に就任したジョン・スカリーなどが雲の上の神々として神話を作り上げました。
 これらの神々が「理想のコンピューターを創るために、巨人IBMに戦いを挑む」わけです。熱心なアップル・ユーザーは「エヴァンジェリスト(伝道者)」と呼ばれた程です。
 いまだにAPPLE社のユーザーは故障の多く、割高感の拭えないマッキントッシュ・コンピューターを嬉々として使っています。(ファンやAPPLEの方、気を悪くされたら謝ります。私自身もAPPLEユーザーなんですが・・)
 SONYやAPPLEの最大の資産は、その技術力ではなく、そのイメージなのです。

 

○イメージキャピタルの投資と回収

 さて、ずれた話しを元に戻して、このように企業は1~3人のイメージリーダーとボランティアスタッフと、多くのサポーターによって成り立つことになります。ボランティアスタッフやサポーターの数は、当然その企業の洗脳力に大きく左右されます。イメージリーダーが一声かければ何人のボランティアスタッフがどれだけ働くか、何人のサポーターがどれだけ買ったり参加したりするか、これがその企業のイメージキャピタルだ、とも言えます。
 そして、その企業は活動するときは必ずそのイメージキャピタルを使います。つまりボランティアスタッフに働いてもらったり、サポーターに買ってもらったりするわけです。その結果、あまり良い商品ができなかったり、良いイベントが打てなかったり、良い宣伝ができなかったりすれば、当然イメージキャピタルは減ってしまいます。
 逆にうまくいけば、今まで以上にボランティア希望者は増え、サポーターも増えます。イメージキャピタルは増大するわけです。また、今までのイメージと違う活動をすれば、別の新しいボランティアスタッフやサポーターがついたりもします。シェアの拡大による資本の増加です。
 また、イメージキャピタルは現状維持では確実に目減りします。自分が一生懸命手伝っているのに、相変わらずでは人は離れてしまうからです。そういう意味では近代企業が何もしないと、維持費でどんどん資本が減っていくのと同じです。洗脳企業も常に新しい活動を続け、拡大をめざさなければならないわけです。



○洗脳社会での消費行動
 
 これからの消費行動は、どんどんサポーター的要素が強くなっていくでしょう。つまり「物を買う」「お金を払う」という行為が、自分の欲しいものを手に入れるため、自分の望むサービスを受けるためではなく、自分が賛同する企業やグループ・個人を応援するためと考えられることが多くなる、ということです。
 SONYやAPPLEのサポーターのような考え方をする人が増える、ともいえます。それは、単純に人数の問題だけでなく、一人の人がサポーターとして使う金額も増えますし、一人の人がサポートする企業数も増えます。
 また、それぞれの人の気持ちの中でも、より自覚的・意図的に「○○を応援するため」「○○を育てるため」と考えてお金の使い方を決めるようになります。そういうサポーター的お金の使い方が格好いいと考えられるようになり、逆に自分の物が欲しさにお金を使ったり、どこにサポートしていいか判らなかったりすることは格好悪いことになります。また、いくつもの団体をサポートしている、そのトータルコーディネイトもバランスが取れていなければなりません。どんな時代でも「格好いいヤツ」になるのは大変ですね。



○望まれる企業像

 現在さすがに企業の方でも、イメージが大切と言うことが身にしみてきたようで、CI戦略に工夫を懲らすところも増えてきました。中には売り上げの1%を森林保護団体に寄付したり、海洋生物保護団体に寄付したり、といったことを打ち出してきています。イメージ戦略が大切ととらえている点でも、企業イメージをエコロジー方向にしようという点でもなかなかいい線いっているはずなのですが、こういった試みはいっこうに功を奏しません。
 それは「売り上げの1%を寄付する『だけ』」という態度が敗因です。もちろん企業のお偉いさん方にとっては「売り上げの1%「も」寄付する」という画期的かつ大胆な発想です。が、残念ながらそれは賢くてひねくれたイメージ消費者たちにとっては「なかなか気合いの入った宣伝費ですね」としか考えてもらえないのです。
 それはたとえ社長が本気で森林保護に関心があって、日曜日にそのためのボランティア活動をやってたとしても同じことです。
 また、売り上げの1%という金額がいかに巨額で、実際の森林保護団体の根幹を支えていてもダメなのです。そんな小手先ではなく、企業の活動自体が価値観を体現していなくてはサポーターはつきません。先ほどの例のようにエコロジーというカラーを打ち出すなら、企業の主な業種自体がそういったエコロジーなものを目指していなければ意味がないのです。

 生活クラブという団体があります。ここは「体によい食べ物を食べよう」というのが価値観の中心にしたサークルです。そのため、農家と直接交渉して、無農薬で野菜を作ってもらったり鶏を放し飼いしてもらったりしています。
 こういった団体の場合は、組合員と呼ばれる消費者の意識は完全にサポーター感覚です。他店と見比べて安ければ買う、といったことは絶対にしません。牛や鶏も農家の事情にあわせて一頭飼いし、組合員同士で分けます。組合全体で余り気味な野菜は、お料理教室を開いてでもみんなで工夫して食べます。
 組合は組合員の(サポート)意識を高めるために会誌を出したり、各地域で定期的に会議を開いたりもしています。組合員もそれに応えてスーパーより高かったり不便だったりすることに関して「農家を育てるため」という形で積極的に肯定しています。

 こういった団体と、先ほどの「売り上げの1%を森林保護団体に寄付」している企業とを比べてみれば、その差は歴然としています。だいたい「売り上げの1%」といいますが、その売り上げというのは何の売り上げなのか。それはどんな作り方をしているのか。作ることによって地球にどんな影響があるのか。わざわざそんなことを考えなくても、直感的にみんな判っちゃう場合が多いのです。
 「売り上げの1%」は、酔っぱらったお父さんが家族に買って帰るお寿司と同じです。そんなことをしたおかげで、よけいやましさが際だってしまい、かえってみっともなく見えてしまうのです。現在のような情報社会においては、こういったことが常にバレバレだと言わざるを得ません。

 これからの企業は、「なぜ」これをしなければならないのか、という価値観・世界観を明確に示す必要があります。同時にその価値観・世界観に賛同する人は、こういう風に力を貸してくれ、と具体的に提示する必要もあります。そして、力を貸してもらえたら今度は貸してくれた力によって何ができたのか、きちんと報告しなければなりません。
 価値観の提示、具体的要求、成果の報告。
 この3つがそろって初めてイメージキャピタルは増大します。消費者がサポーターになる、とはこのようなことなのです。



○洗脳社会での政治

 政治や経済という本来合理的、民主的であるべきだと考えられているものも、もちろんこの原則からは逃れられません。現在の政治が民主主義ではなくイメージ中心だという批判はよく聞かれます。現にイメージキャピタルの大きい人は当選し、小さい人は落選しています。
 所属政党も、政治家としてのキャリアや知識や能力もほとんど考慮されないことは、今回の青島幸男、横山ノック両名の当選で白日の下に晒されてしまいました。オジサンたちも、民主主義の衰弱ぶりを実感したことと思います。
 オジサンたちには「今の若者は馬鹿で無責任なので、単純におもしろがって有名人に票を入れる。嘆かわしいことだ」と考えている人が多いようです。が、これは近代民主主義の価値観に立った一方的な批判です。「だいたい政治家なんて誰がなっても同じだから」なんていうバカ面若者へのインタビューがオジサンたちの神経をさらに逆撫でしようとも、これは正当な批判ではありません。

 一般の政治家にはイメージがほとんどなく、みんな同じように見えるのに対して、いわゆる有名人はイメージがはっきりしているから票を入れることができる、というのが理由です。
 私たちにとって自民党だの議員歴何年だの、もともとは政治畑で活躍だのというギョーカイ的スペックはあまり意味を持ちません。そんなことを聞くくらいならまだ「実は恐妻家だ」とか「出身地が東北なのにコンプレックスを持っていて、絶対東北弁をしゃべらない」とかいった話の方が、よほどその政治家を判った気になります。判った気になって初めて「こいつに政治を任せてみよう」とか「こいつなら人畜無害なのでまあいいか」とか「こいつは政治家になったら私利私欲に走って賄賂を貰いまくりそうだ」とか判断するわけです。
 今回の都知事選では政治家というのが十把一絡げで「今までの踏襲・官僚の言いなり」というマイナスイメージがあるのに対し、青山・横山両氏は「人畜無害だけど既製の利権に組み込まれていない」というイメージだったため、あのような結果になったのです。



○有名人であるデメリット

 これからはますます有名人が政治家になるケースは増えていくでしょう。が、それは「とにかく少しでも有名な方が選挙に有利」と言うことではありません。今そう見えるのは、政治家の有名人含有率が低すぎるからです。そうではなくて「この人が政治家になったら、こんな事をしそうだ」といった強いイメージを持っている人がより選ばれやすい、ということです。
 ここでもイメージキャピタルの原則は適用されます。政治家に対する評価の判断材料が外面的事項から内面的事項に移行しつつあるということもできるでしょう。逆に「単なる知名度を利用した立候補」は有名人である、という事実に対して逆効果として働きます。その人のキャラクターと政治理念(つまり当選したら何をやりそうか)がフィットしない人はせっかくの洗脳力がマイナスに働いてしまいます。つまり「嫌われる」わけですね。
 有名人、つまりもともとイメージキャピタルが大きい人が政治家になるケースが増える一方で、普通の政治家のイメージキャピタルを増やす活動もますます盛んになるでしょう。現在はまだまだ選挙前にテレビにたくさん出ればいい、程度に考えている人が多いようです。が、単にテレビに出て政策を語ればいいという問題ではありません。もちろん出ないよりはうんといいのですが・・・・。
 政策ではなく、自分の人となりがいかにプラスイメージとして多くの人に提示できるか、という高度に技術的、演出的問題となります。自分がいかに政治家として魅力的かをうまく洗脳する必要がある、ともいえます。今後は芸能界を中心として、いわゆる有名人が政治に大挙して進出するでしょう。高度に専門職化して閉ざされていた政界は、いまようやく本当の意味で開かれ、自由洗脳競争が開始されつつある、といえます。



○「政治の意味」の減少

 政治がそんな風になってしまったら、世の中が乱れて大変なことになってしまうのではないか、と心配される方も多いでしょう。少なくとも、政治家という政治家が有名人ばかりになってしまったら、さすがにまずいんじゃないのかなと言う漠然とした不安は持っている方がほとんどではないでしょうか。
 が、そんな心配は必要ありません。もちろん、有名人含有率が多くなればなるほど、政治力がありそうな人が選ばれるようになるとか、政治的キャリアが希少価値になるといった、みんなのバランス感覚によって思ったほどの状況にまではいたらないと言うこともあります。

 けれども、なによりも重要なことは「政治」というものの意味・関係全体が薄くなって、政治がどうなろうと私たちの幸せにほとんど影響がなくなるから、という点です。このため、私は自信を持って「心配はない」といえるのです。
 政治というものの意味・関係全体が薄くなるとはどういうことでしょうか。
 たとえば、六十年前の人々、つまり昭和十年の世界を生きている人がもし六十年後の現在へタイムスリップしてきたら、真っ先に聞きたいことは何でしょうか?「どの国が勝ったのか?世界を制したのか?日本の領土はどうなったか?」ということでしょう。世界とは軍事であり、国境のことだったのです。
 では三十年前ならどうでしょうか。「安保はどうなったか。東西対立はどうなったか。月の開発はどうなったか」ということでしょうか。つまり、世界とは政治だったのです。

 さて、では現在の人が30年後、60年後にタイムスリップしたら真っ先に聞くことは何でしょうか。「どの企業が生き残るのか。どんな商売が当たるのか」と言うことでしょう。つまり今、世界とは経済のことなのです。そしてもちろん、この考え方も変わりつつあります。しかも、現在のパラダイムシフトの中で今までとは全く違う方向性へ転換しています。しかしその行き着く先が「政治」、というデータはあまりありません。

 30年後の人々がもっと未来の人々に聞きたいことは、何に変わっているでしょうか。おそらく「今どんな文化、どんなキャラが世界で当たっているか」と言うことだと思います。
 文化戦争、文化侵略という言葉を、最近よく耳にされると思います。日本のアニメーションがアメリカで大変受けていて、「ジャパニメーション」という文化として認知されています。アメリカだけでなく、東南アジアでも、最近はヨーロッパですらジャパニメーションは目を見張る侵略ぶりのようです。
 ファミコンゲームも同様です。国によっては、それを文化侵略として規制を厳しくしているところもあります。それでも日本は各国の行政指導や規制に合うように器用に作品を切ったり継いだりして、輸出は伸びる一方です。
 これを経済からみて、有望なる輸出産業、と捉えるだけでは不十分です。文化侵略として規制している側も、保護貿易的な政策以上の強いものがありますし、実際その心配は当たっています。日本人が作ったジャパニメーションやゲームには当然日本人的センス・価値観・世界観がふんだんに入っています。それを小さい頃から見続けるのですから、これほど有効な洗脳方法は他にないというくらいです。



○洗脳国境

 アメリカでは、日本にあこがれて日本語の勉強をする人が増えています。日本語の入ったTシャツを着たり、日本のマンガを原語で読むのがステイタスになったりしています。昔、私たちがアメリカのテレビ番組やハリウッド映画を見てアメリカ文化に憧れたのと同じような現象が各国で起きているのです。
 国境や土地、お金といった「モノ」で世界をみる時代は、何度も述べたように終わりを告げつつあります。私は、30年後の世界地図では「ジャパニメーション圏」「ハリウッド映画圏」「日本のゲーム圏」といった色分けがなされているのでは、と考えています。もちろん、この色分けは重なることも多く、複雑ではありますが。

 S.D.L.のような巨大な洗脳力を持った団体がいくつもしのぎを削る時代、これがこれからやってくる自由洗脳社会です。
 この傾向はマルチメディアが発達して、誰もが情報発信源としてより多くの人に語りかけるチャンスが増えるにつれて、どんどん進行するでしょう。そして最終的にはマスメディアに独占されていた洗脳行為は、一般に開放されるのです。
 つまり、あなたを含め誰もが巨大な洗脳力を持つ存在になるチャンスをもてる時代がくるのです。そのときには、大企業から中小企業・個人商店がひしめき合っている現代のように、S.D.L.のような巨大な洗脳力を持つ巨大団体から、中小のアマチュア団体・個人発信者まで様々なグループや個人がひしめき合い、競合する、自由洗脳競争社会が形成されるのです>
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続き。普天間の問題は、ごまかしの続いてきたこの国の安全保障のあり方を、根本的に見直す契機になりえたはずである。江藤淳が見抜いてきたように、戦後、ずっと米国は注意深く、日本の言論界をコントロールしてきた。
http://twitter.com/iwakamiyasumi/status/13501466098
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江藤淳が見抜いたことは、『閉ざされた言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』(文春文庫)にまとめられています。

太平洋戦争の勝者のアメリカが、敗者の日本の言語空間を閉ざし、日本人を洗脳してきた実態を、膨大な一次資料によって跡づけています。

ネットで読める『「閉ざされた言語空間」―占領軍の検閲と戦後日本』の書評を以下に紹介します。

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ブログ「とみーの本棚 @ tommy.jp」
http://www.tommy.jp/library/%E9%96%89%E3%81%96%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E8%A8%80%E8%AA%9E%E7%A9%BA%E9%96%93.html

【0086】閉ざされた言語空間
本書は「占領軍の検閲と戦後日本」という副題を持ち、第一部「アメリカは日本での検閲をいかに準備していたか」と第二部「アメリカは日本での検閲をいかに実行したか」の二部構成になっている。
書籍名 『閉ざされた言語空間』
著 者 江藤 淳
出版社 文藝春秋 (1994)
出会い 古本屋で見つけた

検閲とは通常、思想の統制や社会の秩序をたもつために国が強制的に出版物や郵便物などを取り締まることを指すが、ここでは太平洋戦争の勝者のアメリカが、敗者の日本の言語空間を閉ざし、日本人を洗脳してきた実態が明らかにされている。
日本での検閲において、アメリカが最も頭を悩ませたのが日本語いう世界で最も難解な言語であり、特に戦後は検閲に当たる人材が不足していた。それを補うために、アメリカは日系二世の中から日本語の出来る者を選抜し、陸軍諜報部語学学校で「語学兵」として訓練した。また、日本人の中からも、滞米経験者、英語教師、大学教授、外交官の古手などを採用し、高額の報酬で検閲の作業に当たらせていた。
驚いたのは、「War Guilt Information Program (戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)」なるものが存在し、日本での検閲に大きな影響力を及ぼしていたことである。終戦直後にアメリカが特に懸念していたのは、原爆投下による被害者意識が強まってきたことと、東京裁判において東条英機を賞賛すべきだという機運が高まりつつあることであった。これらに対し、アメリカ側は「危険思想」の特定方法や対処方法を明らかにし、ケース・バイ・ケースのマニュアルを用意していたのである。江藤氏によれば、こうした言語検閲は戦後日本の言語空間を拘束し、そして今もなお、日本のメディア界に体質として残っているのだという。
終戦から60年以上が過ぎた今、日本人の(異様なほどの)アメリカ信仰をひとつとってみても、アメリカが植えつけた言語検閲がいかに効果的だったかがわかる。中国や北朝鮮に対する嫌悪や不信感についても、アメリカ主導の反共教育が少なからず影響しているのかもしれない。
一番怖いのは、それを日本人が自覚していないということだと思う。江藤氏によれば、言語検閲を担っていた組織は完全に「影」の存在であり、だれもその実態を明らかにしようとしなかった(出来なかったという見方もある)。その意味で本書は、豊富な一次資料に基づいた画期的な歴史研究である。
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ブログ「夢見る風力発電機」
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2010-03-28
閉ざされた言語空間 (占領軍の検閲と戦後日本)

超おすすめ!
閉ざされた言語空間 (占領軍の検閲と戦後日本)
江藤淳 平成元年 文藝春秋

内容(「BOOK」データベースより)
さきの大戦の終結後、日本はアメリカの軍隊によって占領された。そしてアメリカは、占領下日本での検閲を周到に準備し、実行した。それは日本の思想と文化とを殱滅するためだった。検閲がもたらしたものは、日本人の自己破壊による新しいタブーの自己増殖である。膨大な一次資料によって跡づけられる、秘匿された検閲の全貌。

◎雑感
米国が、戦後の日本で行った検閲について。
アメリカに保存されていた一次史料をもとに、調査分析し、明らかにしている。
ほとんどの主張に、アメリカやアメリカの検閲隊が収集した資料を提示しているので、説得力がある。
自由を標榜しているはずのアメリカは、日本を統治したとき、厳重な検閲システムをしいた。
その検閲は、新聞や雑誌はもちろん、私人の手紙にまで及んでいた。
アメリカが行った検閲は、極めて悪質なものだと思う。なぜなら、検閲の存在が巧妙にかつ強力に隠匿されていたからである。一般の市民は検閲されていることを知らされなかった。そう考えると、戦中、大日本帝国政府が行った検閲の方がずっとましだったわけだ。なぜなら、検閲されていることが、どうどうと法律に明記され、検閲された部分は黒塗りにするなど、検閲の存在が明らかだったから。
検閲された後の情報にしか接していないにもかかわらず、自由な言論のもとにいると考える方が、言論と思想に対する悪影響は大きい。

アメリカは治安を維持するためにだけ検閲をしていたわけでなかったことが本書では明らかにされている。アメリカが行った検閲は、日本が行った先の大戦に対する考え方を強制的に、そして無意識的に変革させよう(歪めよう)としたものだった。例えば、「大東亜戦争」ではなく、「太平洋戦争」という表現の強制。
これは名詞を変えているだけじゃない。先の大戦をどうとらえるかという「ものの見方」まで、アメリカは日本市民に無意識的に変革させたのだ。
アメリカは、自国への批判をこっそり封じ込み、自分たちの都合の良いような世論になるよう、マスコミを誘導した。
また、東京裁判の近くでは、東條英機元首相に対する同情的な論調が、日の目を見ないように検閲していた。

本書では、マスコミの問題点も指摘されている。巧妙な飴と鞭に、マスコミはアメリカの共犯者になっていった、というのである。

現在、日本に住み、日本語を使うものは、ぜひ本書を読むべきだ。アメリカによる検閲は終わったとはいえ、今日でもその影響は大きく、今だに私たちは「閉ざされた言語空間」にいるのである。

◎メモ ※ページは平成元年刊行の単行本
(アメリカの占領とその検閲によって)「やがてそこに現出するのは、そのなかで、〝民主主義〟、〝言論・表現の自由〟等々が極度に物神化され、拝跪の対象となる一方、現実の言語空間は逆に「厳格」に拘束されて不自由化し、無限に閉ざされて行くという不思議な状況である。」p130

「新聞は、連合国最高司令官という外国権力の代表者の完全な管理下に置かれ、その「政策ないしは意見」、要するに彼の代表する価値の代弁者に変質させられた。検閲が、新聞以下の言論機関を対象とする忠誠審査のシステムであることはいうまでもない。かくのごときものが、あたえられたという「言論の自由」なるものの実体であった。それは正確に、日本の言論機関に対する転向の強制にほかならなかった。」p175

(戦前、戦中の「出版法」「新聞紙法」「言論集会結社等臨時取締法」などによる検閲は、いずれも法律によって明示されていた検閲であり、非検閲者も国民もともに検閲者が誰であるかをよく知っていた。タブーに触れないことを意図していたのである。しかし、アメリカの検閲は、隠されて検閲が実施されているというタブーに、マスコミを共犯関係として誘い込むことで、アメリカの意思を広めることを意図していた。)p190

(アメリカは、日本人の私人の手紙をランダムに開封することで、世論の動向を調査していた。)p214
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ブログ「オホーツクの詩季」
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2010年01月18日
閉ざされた言語空間の謎と真実

文芸評論家江藤淳の『「閉ざされた言語空間」―占領軍の検閲と戦後日本』(1990文芸春秋)は自らが「この世の中に類書というものが存在しない本」であるというごとく、文芸評論でもなければ哲学書でもない、特異な書物である。これは少数の、政治家やマスコミ関係者や旧軍人家族以外は、多くの日本人が最近になるまで、知らされていなかった、隠された日本の歴史状況の原因を、資料をもとに探り当てた事実の記録である。「日本はもとよりアメリカにも、米占領軍が日本で実施した秘匿された検閲の全貌を、一次資料によって跡づけたいと試みた研究は、知見の及ぶかぎり今日まで一つも発表されていない」と、彼は平成元年のあとがきに記している。


 それから20年たった2010年の日本の政治状況は、江藤がこの本を発表した時にはその意義を認めることができなかった日本国民の、かなりの部分が「隠ぺいされてきた歴史の闇」アメリカの謀略組織の犯罪性に気付くにつれて、その先見性を納得できるものになってきた。

10年ほど前に不審死を遂げた著者が、平成5年の文庫本あとがきに記されている言葉は象徴的である。
 「文庫に収めるにあたって、テクストの改変は一切行わなかった。米占領軍の検閲に端を発する日本のジャーナリズムの隠微な自己検閲システムは、不思議なことに平成改元以来再び勢いを得始め、次第にまた猛威をふるいつつあるように見える。このように、“閉ざされた言語空間”が日本に存在し続ける限り、このささやかな研究も将来にわたって存在意義を主張しうるにちがいない」


江藤氏が「平成改元以来、次第に猛威をふるいつつある」と感じた時期は、政治の表ではアメリカ追随がアメリカ隷属の本性を明らかに見せつつあった時期であり、小泉―竹中政権時代に最悪となった政治状況と重なる。その後インターネットの普及に伴って、マスコミが秘匿し隠ぺいしてきた歴史の真実がささやきから、さざめきへと伝えられ、意見の発信から政権交代への意志へと高まっていった。

この中で人々が知ってきたのは、言論機関であるマスコミが言論統制と偏向報道による国民洗脳の役割を担っていることであり、歴代の自民党政府は日本国民のための政治をするのではなく、アメリカに奉仕するために存在したこと、国民のための政治を試みた首相はことごとく陰謀により政治的身体的に抹殺されたこと、である。愛国政治家田中角首相がロッキード事件を仕掛けられ、それ以来、自民党政権はアメリカの言いなりになってきた事実である。


アメリカの自由にならない鳩山―小沢民主党政権が誕生したことで、この事実は今まさに民主党幹事長小沢氏の抹殺に向けて、マスコミとCIAの日本監視局東京地検のけたたましい狂騒曲によって進行中である。そしてまだマスコミの洗脳状態から抜けていない日本人が大半であることをいいことに、デマ宣伝を繰り返している売国奴たちは犯罪行為を一層加速させている。

日本の報道機関、マスコミがマスゴミと呼ばれるようになった理由は、多くの国民が分かっているはずだ。二言目には「報道の自由」という錦の御旗を振りかざすマスコミは,最早その生命を失ってしまっている。かつては命をかけて報道をしたジャーナリストがいたことが信じられたこともあった。しかし今はそれらの良質な報道者はほとんど姿を消されたように見える。GHQ時代のレッドパージが持続的に行われ、江藤淳が感じたような、平成になってさらに一層、日本の言語空間が閉ざされたものになってきたことがそのあかしであろう。

現今のテレビ・新聞の状況は、目も当てられない惨状である。東京地検=CIA日本監視本部 と一緒になって、アメリカの利益にかなわない政治家や学者やジャーナリストを葬る手先となって働いている。偏向報道を常時垂れ流し、無実の人を極悪犯人に仕立て上げることは彼らの仕事の本命となっているらしい。

テレビ番組ときたら、あまりにも愚劣なものが多すぎる。テレビに出てくるタレントと称する輩は、平均以下のおバカキャラばかり、報道番組は偏向報道にアメリカさん一辺倒の筋書き通り、これも日本国民の愚民化政策であろう。3s、セックス、スポーツ、センセーション(扇情番組)によって、国民をばかにしてしまい、自分の頭で考えることのできない日本国民の家畜化・奴隷化政策の実行部隊と化している。

いまやテレビは過去のものになりつつある。インターネット時代、各自が自分の頭で考え、必要な情報の中から真実を知ってゆく時代になっている。テレビに出てくる馬鹿どもとつきあわせられる時代は終わった。NHK視聴料を払う必要はない。見る価値はない。新聞もしかり。テレビも新聞も見なくてもわたしは全く不自由を感じない。本を読む時間が増え、静かな時間を楽しむことができるのである。習慣化してしまった騒がしいテレビとおさらばすると、本当の自分を取り戻すことができる。今もテレビのない国を歩いていると、人々が生活の中で身につけてきた叡智に満ちた表情に出会うことができる。


最近読んだ松本清張の『日本の黒い霧』上・下は、フィクションではなく現代史の隠された暗部にメスを入れたノンフィクションである。戦後の日本で起きた不思議な事件を追っているが、多くはうやむやに葬られたそれらの事件全てが、占領軍GHQとかかわっていることを浮かび上がらせている。

初代国鉄総裁の列車轢死「下山事件」、「帝銀事件」、「追放とレッドパージ」は、特にアメリカ占領GHQの悪辣非道な姿を浮き彫りにしている。それは戦後教育を受けた、団塊の世代である私が刷り込まれてきたアメリカ観「アメリカは軍国主義の誤った日本を民主主義の国に生まれ変わらせた正義の国」のアメリカ像とは、似ても似つかぬ悪魔の姿である。いわばジキルとハイドのアメリカが、脅しと暴力によって被占領国を支配するやくざ国家としての真実の姿を隠すため、事件を起こし真実を隠ぺいし、罪のない人を犯人に仕立てあげるえん罪事件を重ねてきた事実を、このノンフィクションは私達に教えるのである。

民主主義の国アメリカとは裏腹に、被占領国の国民は煮ようと焼こうとどうでもいいとする、あまりにもやくざっぽい犯罪者の論理が中核にあることに驚く。しかしアメリカの人種差別の歴史、ネイティブアメリカンへの虐待の歴史を知ってみれば、驚くまでもない真実ではある。


植草氏のブログで紹介があったこの本を読んで驚いたことは、現在日本や世界で起こっている数々の事件と、5~60年前の事件とがあまりにも似ていることである。アメリカという国は世界中で、同じ謀略を60年以上も続けているということである。現在も細菌兵器やインフレンザ疑惑による製薬会社の詐欺事件など、国際的な謀略事件がインターネット情報に流れている。そのような製薬関係、細菌兵器関連の事件とも関連付けられるかもしれないのが「帝銀事件」である。

1948年白昼、東京都の衛生部の腕章をつけて帝銀に現れた中年男が、近くに集団赤痢が発生したため、その予防薬と称して職員に毒薬を飲ませ16人を死傷させた。この帝銀事件は、確たる物的証拠も動機もないまま、画家平沢貞通を犯人として最高裁の決定がなされ、平沢氏は数年前獄中で生涯を終えた。

最初はこの毒物が当時の陸軍特殊研究所関係から流れ出たものではないかという疑念があった。ところがこの陸軍特殊研究所(毒物や細菌兵器を人体実験として使った旧陸軍731部隊)にいたメンバーは、当時の秘密的性格ゆえに、その行方が全部はっきり確認されていなかった。のみならず、その最上級者石井中将はGHQの庇護を受け、その顧問となっていた。同中将が満州で謀略用の細菌研究をやり、そのためソ連側では戦犯の一人として起訴を要求していたにもかかわらず、アメリカ側ではこれをかばいとおした。

「帝銀事件が起こるや、警視庁が、その捜査の初段階で、この旧陸軍関係をひたすら追求していたことは、今では隠れもない事実である。しかしどういう理由からか、それは途中で急激に方針が転換され、北海道から拉致されてきた市井の一画家にすべてをかぶせて“解決”してしまった。当時の警視庁が最初の捜査で突き当たった重大なる壁とは、GHQの超権力の障壁であった。この壁の正体は、GHQが特別に旧陸軍の特殊研究を参考にしていたある組織を、日本側の捜査から表面に出るのを防衛したためであった。極秘につくられている秘密組織の存在をGHQは外部に知られたくなかったのであろう。」

 
731部隊の生き残りが「ミドリ十字」(今は会社名を変更)という製薬会社を運営し、血液製剤エイズ事件を引き起こしたことも、これら戦後の占領政策と関係があるはずである。

1960年に書かれたこの著作が、また50年も60年も前の事件が、今なお生々しく現在の出来事と重なり合って理解できる事実を考えてみるとき、戦後60年を経た現在の日本が、国民の自由意識とはかけ離れた、不自由な言語空間に住んでいること、真実を隠蔽された中で、空しい情報の網の目に捉えたれた、一見自由に見えて、実は操作された空間に生きていることを知らされるのである。そして2010年の今こそ、日本が真の独立国になるための、戦いのさなかにあることをわからせてくれるのである。


まさに平成維新であり、それは無血革命と簡単に言えるものでもない、巨大なアメリカ謀略組織と売国報道メディア勢力を相手にする、決死の対決であり、真の民主主義を築くための国民の必死の戦いにならざるを得ないものなのだ。

60年間日本を呪縛し続けてきたアメリカの正体、マスコミと日本の政権を自在に操り、やりたい放題を日本国民に押し付けてきた、「民主国家の先生」面をしたアメリカの真実の姿を明らかにしたうえで、対等の国家間関係を構築するために、小沢一郎は宣戦布告をした。鳩山由紀夫も後押しを表明した。

われわれ国民は、小沢一郎民主党幹事長と心を一つにして戦い抜き、60年間の「閉ざされた言語空間」に新風を吹かせなければならない。

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ISRAEL VIBRATION ってどういう事??!!
ザイオンとか六角形の星とか、騙されてない? おめーら

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沖縄のポジション














































中国が、仮に台湾に軍事攻撃を行っても、米国は中国と戦闘は行わない。米国の最大の投資先が中国であり、最大顧客が中国であるためである。米国は台湾を「見殺し」にする。米国は、外交官を中国に派遣し、苦情を述べる程度であろう。

 北朝鮮の挑発で日本と北朝鮮=中国が軍事的に衝突し、日本と中国が戦争になっても、事態は同じである。米国は中国投資から入手できる利益の方が、はるかに日本からの利益よりも大きい。

米国は日本を明らかに「見殺し」にする。

米国は、外交官を中国に派遣し、苦情を述べる程度であろう。


 沖縄で、たびたび米兵による女性への強姦事件が起きても、沖縄から米軍基地は無くならない。沖縄の人達自身が米軍基地で仕事を行い、そこで「飯を食べる」構造がある限り、米軍との「癒着関係」が基地撤去の障害になり続ける。

 沖縄に無税の経済特区を作り、アジア最大の金持ちである台湾の華僑に沖縄の経済開発を「担当してもらう」制度を整備すると、経済成長著しい中国への中継港として沖縄は発展する事になる。中国には、巨大タンカーが入港できる港湾が香港以外に無い。仮に、中国に大深度の港湾を建設しても、濁流の大河から流れ入る土砂が、即座に大深度の港湾を浅瀬にしてしまい、使い物にならなくなる。中国は、太平洋方面に出る直近の海上の島に、中継貿易港を依存し「持たなければならない」宿命を持ち、そこから逃れられない。この依存場所を沖縄=日本に据える。

 現在、その中継港湾は日本の九州が担っているが、今後、中国が発展し続けると、日本の本州、北海道への物流をも担っている九州では、中国への恐ろしく膨大な量の「荷物をサバキ切れなくなる」。その事を一番、良く知っているのは、「中国への最大の投資家」である台湾の企業経営者達である。4方面を海に囲まれ、位置的に太平洋と中国の中継地点にある沖縄に港湾整備と無税の経済特区を形成する事によって、沖縄は太平洋の物流基地として大発展する。米軍基地への経済的依存は不要になる。

沖縄から米軍基地を撤去する経済的・現実的な基盤を作る事が出来る。

 こうして台湾経済と沖縄経済を一体化させ、相互に密度の高い貿易協定を締結する。この貿易協定に、東南アジアから台湾・中国間の海峡を経由する日本のシーレーン・航路の安全保障も組み込む。台湾そのものへの太平洋方面からの物資供給(軍需物資を含む)も、沖縄を経由するルートを開拓し、パイプを太くして行く。貿易協定に加え、沖縄と台湾との文化姉妹都市、さらには政治・軍事協定まで視野に入れる。

 もしも、中国と台湾が、軍事衝突すれば、台湾の経済力の基盤、そして市民生活と軍需用の物資基地である沖縄が台湾の「後方支援に回る」。台湾への補給路を「断つ」ためには、中国は沖縄への攻撃・侵攻・海上封鎖を「どうしても」行う必要が出てくる。孤島の台湾を単独で攻撃させないためにも、台湾の必要物資供給基地の「沖縄への分散・確保」は、台湾の財界人・政治家が、喜んで受け入れるであろう。アジア最大の金持ち=台湾の華僑が、沖縄を自己の物資供給基地にする事を「喜んで実行する」。沖縄が経済的に大発展する最大の要因は、ここにある。

 中国が台湾を「潰す」ためには、沖縄を軍事・経済的に「攻め落とす」必要性がある状態を作り出す。しかし軍事的に、あるいは海上封鎖等の形で、中国が沖縄を「攻める」場合、アジア最大の軍事基地を沖縄に持つ米軍が、その攻撃を黙認する事は、有り得ない。沖縄への海上封鎖、攻撃は、そのままアジア最大の米軍基地への軍事攻撃・包囲網形成となる。アジア最大の米軍基地=沖縄への攻撃に対しては、米軍は「メンツ」を賭けて徹底反撃を加えるであろう。

 沖縄を経由して、中国と台湾との紛争に米軍を「必ず引きづり込む」体制を立てる。台湾への攻撃には、沖縄という補給路を攻撃する必要があり、沖縄への攻撃は米軍への攻撃となる。

 中国が、米軍との軍事衝突を避けようと考えれば(それが常識である)、沖縄にも、台湾にも「手が出せない」構造を「作り出す」。これが日本にとっても、台湾にとっても最大の安全保障になる。この安全保障を維持するためには、世界最大の金持ち=台湾華僑にとって沖縄は「生命線」となる。華僑は「死にもの狂い」で沖縄の経済開発を行うであろう。

 これは戦争の起こっていない通常時においては、沖縄が太平洋方面から中国への物流の拠点になる事を意味する。中国は「自分で自分の首を絞める」つもりでなければ、日本=沖縄に手が出せない。また中国の対東南アジア戦略においても、日本=沖縄からの苦言に従わなくてはならなくなる。日本が大国・中国の「首を絞める権限を握る」必要がある。

地図を眺めて見ると、沖縄以外に、中国への巨大物流センターに成り得る海上の孤島は「無い」。従って「大国・中国を生かすも殺すも」沖縄=日本次第、という経済構造を作る事は、「歴史的必然」である。大国の横暴を抑えるためには、小国が大国の「支配権」を握る必要がある。小国が主導権を握る時、世界に平和が訪れる。 中国は、現在、ミャンマー、アフガニスタン、パキスタンに海運基地を形成する準備・施工を既に開始しているが、政情不安定な、この地域から陸揚げされた物資を、さらに陸上ルートで中国本土に運搬する事には大きなリスクが伴う。特に後者の2国に関しては、ウイグル等で中国政府が弾圧を行っているイスラム教徒からの熾烈なテロのターゲットとして中国は狙われている。

 こうして、台湾にとっては、自国の必要物資入手ルートの「分散確保」のためにも、また対中国貿易の中継港としても、そして中国による台湾への軍事侵攻に対しては絶対に米軍に守ってもらえるという「確約」を入手するためにも、沖縄の大規模経済発展が「どうしても必要」になる。沖縄の経済発展は、世界最大の金持ち=台湾華僑の「生命保険」となる。保険金は大きいほど安全度が高くなる。高い保険金には、高い掛け金が必要である。ビジネスマン=華僑は、当然それを理解している。華僑は、自分の命を守るため、必死で沖縄に「保険の掛け金」を投資する。

 沖縄が米軍基地へ依存する経済構造は完全に克服される。沖縄が、中国、台湾、東南アジア、さらには南下して、ポリネシア、ミクロネシアとの交易で生きて来た、古来からの琉球文化圏・経済圏の復活である。

沖縄は現在、日本の「植民地支配」の下にある。

沖縄は、この琉球文化圏を経済的に堅固なものとした後、日本から独立する。

日本人が、中国によるチベットの「植民地支配」を批判する以上、また日本人が他人の暴力を批判しながら、自分の暴力には「眼を閉じる」恥知らずでないならば、日本は沖縄と北海道を「植民地支配」している現状を撤回すべきである。




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Wayne Madsen: Japan real target of Korea attack

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投稿分 日本のこれから へ

戦争とは国際金融財閥による国家単位の闘鶏、野球賭博であって
死んだのは我々の同胞である。
正しく抗議せよ。
三島由紀夫は自衛隊ではなく日銀で切腹しなくてはならなかったのだ。

韓国でも出版されたという安部芳裕らの著作によって、
歴史認識なるものの奥にお金によって戦争が引き起こされるという
メカニズムが大衆に明らかになりつつある。ベニスの商人の世界である。
今日の新聞にIMFの勧告が出ており、日本は消費税15パーセントにするべきという。ではその金は一体誰の懐に入るのか?
ベニスの商人に追い詰められた結果、強盗を働くよう民衆は洗脳、強制され、歴史認識なるものが生まれる。メディアもその一旦を担った事も付け加えなくてはならない。大本営発表である。それは現在でもより巧妙かつ
あからさまな形で露呈している。1Q84、あるいはワンワールド、世界人間牧場であって、歴史認識なるものは、そこへ至る長い道程の一コマに過ぎない。これが日本の大衆ならぬ小衆の認識である。

ちなみに、無制限の金利の要求はまた環境問題の原因でもある。
なぜなら、複利的収奪は自然界には有り得ないのであって、必然的、最終的に自然から収奪する事にならざるを得ないからである。
そして、そういった認識は学校あるいはマスメディア、つまり一般常識では一切教えない。
我々はお金の強制収用所に居り、その真実は隠されて来たのである


THINKER より引用 以下



世界通貨は債務を放棄するために使え! By Henry Makow Ph.D. July 5, 2010

来るべき数年の内に、市、州、そして国々は、一つの不可抗力的な選択を求められるだろう:

1.銀行家たちによって無から作り出された、あるいは複利によるすべての債務を放棄する。これはおそらく、すべての政府債務の、50〜80%であろう。

2.あるいは、耐え難い重荷を受け入れ、そして我々の奴隷化と破壊の自発的な荷担者となる。
中央銀行カルテルは、単一世界通貨を望んでいる。

我々は、催促状を見続ける。

たとえば、今日我々は読む。「ドルは一つの信用の置けない国際通貨であり、もっと安定なシステムによって置き換えられるべきであると、国連の経済社会局は、火曜日発表した報告中で述べた。」

新しい通貨が中央銀行カルテル(すなわちIMF)への債務に基づいていないものとすればどうなるだろう? 古い借金のほとんどが廃止されるとすればどうなる?


全体像

人間を使った実験は、失敗の危険の中にある。なぜなら、我々の祖先たちは、通貨創造権を得るには、弱く、無気力あるいは堕落買収されすぎていた。

マネーはなんら生来内在的な価値は持たない。 それは、貝殻や玉のような一つの交換媒体(交換手段)である。 それは単に、数億の人々が数百万の異なった製品やサービスを交換するための一つの便利な方法である。

誰も交換媒体を所有することはできない。それは公共のものであるべきだ。

しかし、ある私的なイルミナティファミリーのネットワークが、実際それを所有している。 彼らは、彼らに対する負債の形で交換媒体を作り出す。そして、彼らは薄い空気から作り出したこの「債務」に対する複利を荷す。

我々は、これらの債務によって絞め殺されつつある。

彼らはこの実入りが良い詐欺が、もし物理的にではなくとも心的精神的に人類を奴隷化しなければ、持続不可能なことを知っている。これらのイルミナティ銀行家ファミリーは、すべての主要な企業と政府をコントロールするために彼らの地位を利用してきた。

ほとんどの広く支持された企業をコントロールするためには、ほんの3~4%の株式があればよいことをあなたはご存じだろうか?

次に、これらの企業は、その銀行家たちのために世界を運営する幹部社員や政治家たち、専門家と教授たちを買収する。

今日、権力と影響力のある地位にいるものすべては、これらの王朝的銀行家ファミリーによって間接的に雇用されている。彼らの第一の役割は、彼らがそれを理解しているかどうかに関わらず、その詐欺的な信用システムを保護することである。 彼らは裏切り者にして協力者である。そして我々が彼らを支持する限り、我々はみな、我々自身の破壊に加担していることになる。

我々の現実認識は、これらの銀行家たちによって、マスメディアの所有を通して、コントロールされている。我々は、「彼らが我々の鼻の上に掛けた眼鏡」を介して見ている。


一つの嘘がそれらすべての基礎である

人類は一つの虚構に生きている。なぜなら、我々の通貨は一つの詐欺に基づいているからである。

我々の歴史は実際のところ、どのようにこれらの銀行家たちが、我々の最良の人々を殺し、そして人類の士気をくじくために、国々がお互い不条理な戦争を行うよう仕向けてきたか、という物語である。これらの戦争は風土病的である。なぜなら、彼らは巨大な利益と我々を奴隷化するために使われる負債を作り出すからである。

イルミナティ銀行家たちは、アフガニスタン、パキスタン、そしてイラクとの「反政府運動家たち」に資金提供している。

何時になったら我々は、彼らが何世紀にも渡って一つの人類に対する戦争を繰り広げてきたことを理解するのだろうか?

我々は、ウマが彼らの所有者たちに従順であるべく去勢されるのと同様のやり方で性的に中性化されてきた。我々は、我々を麻痺させるために、道徳的に劣化させられ、間抜けにされ、そして気を動転させられてきた。

多くの者たちが、我々はケムトレイル、フッ化物、あるいは薬剤や食品で毒を盛られていると信じている。 http://vigilantcitizen.com/?p=4051



世界通貨は債務を放棄するために使え! By Henry Makow Ph.D. July 5, 2010





来るべき数年の内に、市、州、そして国々は、一つの不可抗力的な選択を求められるだろう:

1.銀行家たちによって無から作り出された、あるいは複利によるすべての債務を放棄する。これはおそらく、すべての政府債務の、50〜80%であろう。

2.あるいは、耐え難い重荷を受け入れ、そして我々の奴隷化と破壊の自発的な荷担者となる。


中央銀行カルテルは、単一世界通貨を望んでいる。

我々は、催促状を見続ける。

たとえば、今日我々は読む。「ドルは一つの信用の置けない国際通貨であり、もっと安定なシステムによって置き換えられるべきであると、国連の経済社会局は、火曜日発表した報告中で述べた。」






新しい通貨が中央銀行カルテル(すなわちIMF)への債務に基づいていないものとすればどうなるだろう? 古い借金のほとんどが廃止されるとすればどうなる?


全体像

人間を使った実験は、失敗の危険の中にある。なぜなら、我々の祖先たちは、通貨創造権を得るには、弱く、無気力あるいは堕落買収されすぎていた。

マネーはなんら生来内在的な価値は持たない。 それは、貝殻や玉のような一つの交換媒体(交換手段)である。 それは単に、数億の人々が数百万の異なった製品やサービスを交換するための一つの便利な方法である。

誰も交換媒体を所有することはできない。それは公共のものであるべきだ。

しかし、ある私的なイルミナティファミリーのネットワークが、実際それを所有している。 彼らは、彼らに対する負債の形で交換媒体を作り出す。そして、彼らは薄い空気から作り出したこの「債務」に対する複利を荷す。

我々は、これらの債務によって絞め殺されつつある。

彼らはこの実入りが良い詐欺が、もし物理的にではなくとも心的精神的に人類を奴隷化しなければ、持続不可能なことを知っている。これらのイルミナティ銀行家ファミリーは、すべての主要な企業と政府をコントロールするために彼らの地位を利用してきた。

ほとんどの広く支持された企業をコントロールするためには、ほんの3~4%の株式があればよいことをあなたはご存じだろうか?

次に、これらの企業は、その銀行家たちのために世界を運営する幹部社員や政治家たち、専門家と教授たちを買収する。

今日、権力と影響力のある地位にいるものすべては、これらの王朝的銀行家ファミリーによって間接的に雇用されている。彼らの第一の役割は、彼らがそれを理解しているかどうかに関わらず、その詐欺的な信用システムを保護することである。 彼らは裏切り者にして協力者である。そして我々が彼らを支持する限り、我々はみな、我々自身の破壊に加担していることになる。

我々の現実認識は、これらの銀行家たちによって、マスメディアの所有を通して、コントロールされている。我々は、「彼らが我々の鼻の上に掛けた眼鏡」を介して見ている。


一つの嘘がそれらすべての基礎である

人類は一つの虚構に生きている。なぜなら、我々の通貨は一つの詐欺に基づいているからである。

我々の歴史は実際のところ、どのようにこれらの銀行家たちが、我々の最良の人々を殺し、そして人類の士気をくじくために、国々がお互い不条理な戦争を行うよう仕向けてきたか、という物語である。これらの戦争は風土病的である。なぜなら、彼らは巨大な利益と我々を奴隷化するために使われる負債を作り出すからである。

イルミナティ銀行家たちは、アフガニスタン、パキスタン、そしてイラクとの「反政府運動家たち」に資金提供している。

何時になったら我々は、彼らが何世紀にも渡って一つの人類に対する戦争を繰り広げてきたことを理解するのだろうか?

我々は、ウマが彼らの所有者たちに従順であるべく去勢されるのと同様のやり方で性的に中性化されてきた。我々は、我々を麻痺させるために、道徳的に劣化させられ、間抜けにされ、そして気を動転させられてきた。

多くの者たちが、我々はケムトレイル、フッ化物、あるいは薬剤や食品で毒を盛られていると信じている。 http://vigilantcitizen.com/?p=4051

確かに、我々の心と魂は、マスメディアによって毒されている。

彼らはその多くの政策表明において、共産主義の形で、人類に対してある悪質悪魔的陰謀を撒き散らしてきた。バラク・オバマ[Barack Obama]とエレナ・ケイガン[Elena Kagan]は共産主義者である。

イルミナティ銀行家たちは、JFケネディ暗殺、9-11、そしておそらくメキシコ湾の災害の張本人である。 彼らはほとんどの人類の苦難に責任がある。

順調なコースに戻るためには、我々は信用とマネーの創造を国有化する(国民のものにする)必要がある。 我々は銀行を国有化する必要がある。

誰が交換媒体を所有すべきなのか、私的なカルテルか、あるいは民主的な政府か? もし銀行家たちが、一つの新しい通貨を望むのならば、それが負債や利子なしで、そして人類の最善の利益を代表する団体によって管理される限りにおいて、彼らにそれを与えよ。

そうすれば、人類はその道を取り戻し、そしてその驚くべき約束を充足し始めるだろう。

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私は2009年11月の論文で、早くて2010年の最初の四半期までに、遅くても第二四半期までに 世界経済は崩壊するだろうと予想した。

2009年の第二四半期以降、そして2010年の最初の四半期は更に、オバマ政権、G8、国際マスメディア、IMF、世界銀行、みんな、世界経済は「回復基調にある」、「最悪期は脱した」と謳っていた。

その傍らでは、ダウが2009年3月の最低から「回復」し、10,000を越え、あらゆるメジャーなマーケットは偽りの回復を演出する為に操作されていた。

しかし、ここで、常識的な判断をしてみたい。 いわゆるエコノミストと金融アナリストたちが世界的な回復がなされていると吹聴している時、それが実際は何を意味するのか、考えてみたことがありますか、ということだ。

もしも、経済の回復があるのならば、常識として生産的存在、つまり会社とか国家経済は金を生み出しているはずだし、企業は利益を挙げているし、国家は輸出力を改善させているはずなのだ。

更に大切なことは、いわゆる回復というものが経済成長を伴う持続的な回復ならば、結果として生じる政策はその楽観的見方を反映させるはずであろう。 つまり、論理は実践と、あるいは現実と一体でなければならないということだ。

しかし、一体我々は何を目撃しているであろうか? 世界の中央銀行は何をやっていたのだろうか?

1.彼らは慎重に、金利を低く抑え(連邦準備制度のケースでは殆どゼロだ)、影の銀行システムの利息に寄与していた。この邪悪な政策について、そして一般人に対してそれが何を意味するかは、は後ほどまた語ることにする。

2.彼らは、量的緩和政策を継続した。つまり負債・隷属サイクルを維持するため何もないところから金を生み出すことだ。

3.危機は乗り越えられていないことを知りながら、そして最悪がくることに震えながら、彼らは激しい通貨戦争を始めた。ドル対ユーロ、ドル対元、ドル対円、その他もろもろだ。これは、通貨の競争力の下落をもたらした。  

何が実際に起きているのだろうか、つまり実際の経済の状態はどうなのか?

1.企業の利益は弱い
2.失業数は上昇し続けている
3.差し押さえは増大している
4.税は増大している
5.国家経済の公的な支出分野の大幅なカットが起きている
6.新しい大規模な「刺激策」が願われている
7.G20が、経済混乱を整理するために召集された

これが、G20サミット開催の背後にある厳しい現実なのだ。 その結論はもう一つの言葉遊びである。前のサミット何も変わっていない。各サミットの参加者は、自己の利益がまず先決だというサインを出してきていたこと、そして、誰も先進国を席巻している国家財政破綻を前にして他国を支援できる立場にないということははっきりしていることである。
 
世界金融機関のあらゆる主要臓器に転移した金融の癌にどううまく対処するかで、二つの対立的な考え方がある。 つまり:

1.大規模な刺激策を継続しあらゆるレベルで資金を借りまくる
2.厳しい引き締め政策を実施し、負債と借り入れを減らす

解決の引き延ばしは、コインを投げ上げるようなわけにはいかない、いわゆるエコノミストとエキスパートが忘れているのは、両者は同じコインの両側である、ということだ。
 
何が望ましい解決策だとしても、結果はブームと破産の悪辣なサイクルであろう。しかしそれは2008年の破産よりも更に厳しいものとなるだろう。

どうしてか?
 
世界経済の重要なファクター、特に金利問題を吟味してみよう。

今に至るも、暴力革命と・あるいは社会騒乱が先進国で起きていないことは不思議なことである。その国の人々は、現代的な技術を使い金融関連新聞を読みこなす、教育され洗練された「投資家」であるとされている

以下のことに、世論は怒らないのだろうか:

1. 大きすぎて破綻させられない銀行は何十億も金利ゼロで借り入れることができ、それを貸し出すことができるので、巨大な利益を上げている。なぜ誰も見えないのか、無利息とは中央銀行(Fed、ECB、etc)からノーコストで何十億でも借りるということを意味するということを、なぜ誰も見えないのか? これらの銀行がどうやって金を儲けているかを知ることはすぐわかることだ。コストがかからないのならば、何からでも莫大な利益を上げられることになる。それこそが、この腐敗した銀行が2008年前には上げたことのないほどの記録的な利益を上げたと発表している理由なのだ。それは、2008年以前では、これらの銀行はFedとか銀行にインターバンク・マーケットで利息を支払っていたからだ。 借り入れた資金に対する利息を支払わなくともいいというこれらの金融操作は世界の経済・金融機関だけが享受しているものである。

その一方では、一般の人々はローンの半分の価値にも満たない住宅のためのローンを継続して支払わねばならないのである。
 
だから、なぜ民衆は中央銀行(Fedを含む)、ウォール街と政治家らの太った猫に対する行動を取らないのか?

2. その他の人々は、立派なビジネスを始めようとすれば、利息という形の莫大な金融コストの重荷を背負わねばならないのだ。そして利益のマージンは非常に小さく、何らかのケースでは利益がでるかどかさえ分からないほどなのだ。

3. 懸命に働く人々は、店、工場、その他なんでも汗水たらして働いて得る金以上の金を得れるかもしれないという幻想を抱いて、世界的なカジノに誘われていく。「長期の投資」というマントラは、ジョー君の頭に叩き込まれ、彼は洗脳されるのである。大きく稼ぐためには彼はレバレッジを効かせる必要があるのだ。

4. このような金融マニピュレーターが、このようなばら撒きを得る時、Fedにいる賢い者と政治家らは、何とそれを呼ぶのか? 私はそれを、ばら撒き、賄賂、補助金だと言いたい! そしてその金額ときたら、数兆ドルだ。

5. 緊縮政策推進に対する不満の声が上がっている。腐敗した政府は社会保障費、福祉、年金、公団住宅、医療ケアなどに必要な支出は、これらの膨大な支出を支えるほど十分な金を国庫は持っていないのだから、大幅にカットされるべきと要求している:補助金は大幅に削減されるべきだというのだ。これは馬鹿げた議論である。

普通の人々は重荷を背負うべきだが、銀行家らは社会的弱者にはかつて支払われたことのない最大級の補助金を受け続けていられるとは。

6. 「政府は破産している」と、雇われ書記は公言してはばからない。しかし彼らは、ウォール街の太った猫と、破綻させるには大きすぎる世界的銀行と闇の貸し金業者に対しては数兆ドルの補助金を出せるのだ。彼らは金を何もないところから生み出す。そしてそれをゼロ金利で彼らに貸し出す。 


しかし我々には政府は、社会保障、医療ケア、その他のために融資してもらわねばならないと言う。そして彼らは資金不足なのだから、増税せざるを得ないと言う。 なぜ政府は何もないところから金を創造し、あなたにゼロ金利で貸し出せないのか? 丁度彼らが太った猫どもにやっているように? 

そして、なぜ民衆は反撃しなかったのか?
 
前の段落で語っていた、いわゆるエコノミストとエキスパートたちの解決策の選択で正しいかどうかを更に詳しく説明する必要はない。
答えをあなたを見ているのだ。 何かをするべきだ。嘆いたりうめいたりするのは止めよう。
 
多くの者たちから、少数の者たちへの歴史上最大の富の転送という、この世界的な窃盗を、組織的に動いて止めさせるべきだ。

大きすぎて破綻させられない大銀行が崩壊し破産するとしても、世界経済は崩壊しないだろうということを、保証させてもらう。そのような崩壊を避けるため、全ての人々がすべきこととは、中央銀行を「社外重役」の手から切り離し、完全なコントロールを獲得し、中央銀行の管理の仕方を一変させることにある。

市場が金利を支配しているというのは嘘である。闇の貸し手、ヘッジファンドetcと共謀している世界の中央銀行こそが、事前に決められた変数を使って金利を支配しているのだ。それは常にインサイダーのゲームなのだ。



これがなされるまでは、金融改革を語ることはただおしゃべりに過ぎない。中央銀行を支配することが問題の核心なのだ。

ロスチャイルド金融帝国の創始者は、通貨を創造する力を支配する者が、全てを支配する力を最終的に獲得するだろうと言わなかったであろうか?
 
それでは、誰が通貨の創造を支配する最終的権力を持つべきであろうか:普通の人々なのか、それとも、注意深く選ばれた金融エリート、太った猫etcであろうか?


元記事は

Economic Crisis: The Next Round of Financial Slaughter The G-20 Summit Charade by Matthias Chang
http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=19945
参照

自分に国家の通賃をコントロールさせよ。そうすれぱ誰が法律を作ろうと知ったことではない。
http://satehate.exblog.jp/6924499/

魔術とイルミナティ
http://satehate.exblog.jp/7393770/

イルミナティ離脱者が広範な陰謀の詳細を語る by Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/10518866/


ちょっと遅れ気味ですが以下を訳出しておきました。

石油流出=アメリカに対するイルミナティの密かな戦争 by Henry Makow, Ph.D. May 24, 2010


我々は、 戦争を、ミサイル、戦車、そして爆弾といった用語で考える。 しかし、戦争のずっと優れたやり方は、9-11のような偽装テロ、カトリーナのような自然災害、あるいは4月20日の石油流出のような事故として攻撃を装うことである。


この方法では、その犠牲者は彼の攻撃者に気付かず、そして対抗手段を取ることができない。


その石油流出とカトリーナとの類似は異様である。いずれの場合にも、アメリカの湾岸が攻撃され、そして大統領の応答は遅々としておりまた無効であると見なされた。

カトリーナの場合には、堤防はハリケーンが過ぎ去って12時間後に吹き飛ばされた。

「お話」としては、緊急事態を宣言しその噴出油井を止める即座の行動を取ることについてのオバマ政府の失敗である。

石油がアメリカの湾岸に注いでいる一方で、6ヶ月後に国民投票を控えている政府が手をこまねいているだろうとは信じがたい。先週、オバマは原因を検討する一つの委員会を発表した。その噴出自体に対処することに失敗している一方で。

数百もの深海の油井を主催している業界が、有事計画を作成して来なかったとは信じがたい。

世界中で最も富裕で最も技術的に進んだ国が、この災害に直面して無力のように見えるとは信じがたい。

オバマに対する見方はひどいものである。 マードック主催のオバマ誇大広告新聞であるハフィントン・ポストでさえも、その憤激とオバマのおざなりの対応へ焦りを隠すことはできなかった。

しかし、ロスチャイルド一族は、大統領たちをティッシュペーパーのように扱う--使用して投げ捨てる。私の生涯で、すべての大統領は、何らかの不名誉のうちに執務室を去った。

その目的は、アメリカ人たちの士気をくじき、そして彼らの政府と民主主義への信頼を失わせることにある。


誰がBPを所有している? ロスチャイルド一族。

誰がバラク・オバマを所有している? ロスチャイルド一族。

この事故そして次に失敗した対応を舞台にのせることは、どれだけ困難であるというのであろうか?


背景状況



BPの石油流出は、イルミナティ、つまりロスチャイルド一族によって指導されたメーソン・ユダヤ人の中央銀行カルテルによって遂行された、アメリカに対する進行中の密かな戦争といった文脈(背景状況)中で理解されねばならない。

BPの噴出と同時に、世界の金融市場は急激に変動している。なぜなら、欧州の銀行が再び納税者によって1兆ドル以上という多大な額で救済されているからである。その融資はギリシャ、ポルトガル、その他へのものであるが、しかしその債権者はロスチャイルド他により所有されている、その株式が再び急上昇しているドイツとフランスの銀行である。

その融資は、薄い空気から作り出されたが、納税者たちは、彼らの自由と繁栄によって彼らに返済するであろう。

わずか6ヵ月前、我々は大量接種を要求した人工の豚インフルエンザ流行に苦しんでいた。




わずか14-20ヶ月前、我々は、支払能力のない人々に対する水増し住宅ローンを故意に与えた銀行によって引き起こされた世界金融危機と格闘していた。

追悼して、2001年9月11日には、イルミナティは世界貿易センターおよび米国防総省を攻撃し、それを「イスラムテロリスト」のせいにした。


我々がどれほど愚かであると、彼らは考えているのか?

再び、政府の対応はもたもたで不十分であった、意図的に。

我々は、イルミナティ銀行家たちと、政府とメディアの中にいる彼らの追従者たちによる絶え間ない攻撃を受けている。



2つの世界戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争とアフガニスタン戦争、これらはみなアメリカに対するイルミナティの攻撃の方法である。

彼らはまた、我々の道徳的そして社会的骨組みを攻撃する。性的「解放」(乱交)、フェミニズム、同性愛、公然猥褻、暴力、小児性愛、そして音楽とマスコミ一般中のポルノを推進することによって。

だから、我々はなぜ、あたかもそれが孤立したもののように、メキシコ湾の生態学的災害を眺めるのか?


我々の憤激への鍵

その説明は、我々がパヴロフの犬のように拒絶するよう訓練されてきた一冊の本の中に見いだすことが出来る。シオン長老のプロトコールは、あるユダヤ人メーソン秘密結社の作品である。

現行犯で捕まり、彼らは世界支配の問題を、反ユダヤ主義で混乱させることを試みた。

ユダヤ人たちの大多数は、小数の「ユダヤ人」金融エリートと彼らのメーソンの同盟者たちによる世界政府独裁に向けてのこの計画に賛成はおろか気付いてもいない。

そのプロトコールで、 その著者は、私はライオネル・ロスチャイルド[1808-1879]であると疑っているが、以下のように書いている。

彼らの目的は: 

「非ユダヤ人たちが、我々のカネと権力に懇願する以外には脱出の道はないことを理解するまで、不和紛争、反感憎悪、確執抗争、飢饉、疾病の接種、欠乏困窮によって、すべての者たちを消耗させること。」 (プロトコール 10)

「我々は非ユダヤ人たちをあまりにも疲労困憊させるのでその結果、彼らは我々に国際的権威を提供することを余儀なくされるだろう。その権威は、その地位によって、我々をして障害なしに世界の政府軍を吸収させ、そして一つの超政府を形成させることを可能とするだろう。」 (プロトコール 5)


結論

我々がこの長期的な宣戦布告なしの戦争を認識し、そして敵を暴露し無力化するまでは、我々は停滞し続けるであろう。

絶望的な時代は、窮余の措置を必要とする。 この混乱への唯一の解決策は、連邦準備制度を国有化し、そして薄い空気から作り出された国家債務のその部分と縁を切ることである。次に、我々はメディアカルテルを打ち破り、そして選挙が公的に資金供給されることを確実にせねばならない。 イスラエルロビーの権力は破棄されねばならず、そうすればすべてのプロシオニストの候補者は放棄される。 (シオニズムは銀行家たちの一つの道具である。)

率直に言って、私は楽観的ではない。 我々の政治的、文化的、そして経済的指導者たちは皆、現在の自己破壊的システムの世話になっている。


そして我々は、強い薬を飲む習慣がない。

しかし、もし我々がそうしなければ、悪魔主義者たちによって形作られたある悪質な蜘蛛の巣にもっと深く沈んでいくだろう。



Related--  How BP Engineered the "Accident"
http://www.washingtonsblog.com/2010/05/despite-knowing-it-had-damaged-blowout.html

元記事は

Oil Spill = Illuminati's Covert War on America by Henry Makow, Ph.D. May 24, 2010
http://www.henrymakow.com/oil_spill_illuminati_covert_wa.html



追記

2009映画 「メキシコ湾原油流出」
http://denik-bise.blogspot.com/2010/06/2009.html


ペンタグラムで予測-メキシコ湾他
http://denik-bise.blogspot.com/2010/06/blog-post_06.html





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Paul Motian Quintet ~ How Deep Is The Ocean












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Focus - Hocus Pocus Live '73








































































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高度経済成長をもたらした「人口ボーナス」の終焉 岩上安身

なぜ日本経済は、10年以上もの長きにわたり、デフレ不況の泥沼に沈み込んだまま、抜け出すことができないのか。戦後の復興期以降、半世紀余りの間、ほぼ毎年確実にプラスの経済成長を遂げてきた、活力ある「元の姿」に、どうして戻れないのか。誰もが首をかしげて思案している。
 難しく考えるのをやめて、ごく基本的な出発点から考え直してみよう。経済は需要と供給のバランスから成り立つ。需要に対して供給が不足すればインフレになり、反対に供給過剰で需要過少であればデフレとなる。デフレ不況とは、要するに需要が足りないということなのだ。
 需要を論ずる際には、人口という要因を除外することはできない。従って、デフレ不況の原因の分析も、そこから抜け出す道筋に見当をつけるにのも、人口問題を正面から見すえる必要がある。
 私の述べたいことは、ごく簡単なことだ。いかなるマクロ経済政策を用いても、それだけでは、日本経済がデフレ不況を脱して、バブル崩壊以前の「元の姿」に戻ることはありえない。なぜなら、「奇跡的」な高度成長をとげてきたこの半世紀の日本経済の「元の姿」とは、人口動態の観点から見れば、歴史的に一回性の現象に他ならず、二度と繰り返されることはないからである。
 日本は、明治維新以降、医療水準の向上や栄養状態の改善によって乳幼児の死亡率が減少し、人口増加の過程に突入した。人口構造は年少人口を数多く抱えるピラミッド形となり、その趨勢は第二次大戦の終結まで続いた。終戦後、第一次ベビーブーム(1947~1949年)、と、死亡率の劇的な低下が起こり、在留邦人の引き揚げも加わって、日本の人口は、1949年から50年の五年間に、7千215万人から8千320万人へと、15・3%も増えた。これほど短期間に人口が急増したことは、日本の歴史上、初めてのことである。
 その後、1948年に優生保護法が成立し、条件つきながら中絶が合法化された。さらに49年に同法が改正されて、「経済的理由」での中絶が認められるに至って、事実上、中絶が自由化されたため、ベビーブームは3年間で一挙に終息した。49年から政府が避妊具の製造、販売を公認したことも、出生数の激減(ベビーバースト)に大きな役割を果たした。
近代化とともに、多産多死社会から、少産少死社会へと移行することを人口転換と呼ぶ。欧州先進国では、18世紀半ばから、産業革命の開始とともに、150年以上かけて人口転換が進んだが、日本はそのプロセスを、ごく短期間に実現してしまったのである。その結果、人口構造に極端な歪みが生じた。そして、この歪みが、60年代半ばから90年代に至るまでは、日本経済の高度成長にプラスの要因として大きく作用したのである。
15歳未満の年少人口と65歳以上の老年人口の合計を従属人口と呼び、これを15~64歳の生産年齢人口で割った指数を、従属人口指数という。この指数が低ければ、それだけ扶養する側の人間が多く、扶養される側の人間が少ないことを意味する。日本は、団塊の世代が生産年齢人口に達した50年代半ばから、従属人口指数が急低下した。50年に67・9%だった従属人口指数は、65年には46・8%を記録し、それ以降も、40%台という低水準を維持し続けた(図D参照)。
このように、人口転換によって従属人口指数が下がった結果、老人や子供を扶養する負担が軽減され、労働力は豊富にあるという状態が一時的に生じる。これを「人口ボーナス」と呼ぶ。短期間に極端な形で人口転換をとげた日本は、この「人口ボーナス」の厚みも大きかった。
50年代半ばに幕を開けた高度成長時代は、61年に池田内閣の下でスタートした国民所得倍増計画によってさらに弾みをつけた。第一次全国総合開発計画(一全総)が始まったのは、その翌年の62年からである。この一全総の目的は、社会資本の投下が集中した太平洋ベルト地帯以外の地域に、経済成長の果実を再分配することにあった。一全総の頃は公共事業計画も、それなりに社会的公益性もあれば、財政規律もあった。また、何よりも高度成長という財源の裏づけが存在した。所得倍増計画によって、61年から70年までの10年間の実質経済成長率は、目標を上回る年率10%もの成長率を記録したのである。「黄金の60年代」は、「人口ボーナス」の封が切られた時代だったのだ。
73年のオイルショックによって、20年近く続いた高度成長時代はピリオドを打ったものの、「人口ボーナス」に下支えされた日本経済は、その後、二度のオイルショックも、80年代の円高不況も乗りきった。ところが、世界に類例をみない日本の高度成長の基礎を成した、この「人口ボーナス」は、今や底をついてしまっているのだ。日本の人口増加のピークは、まだ数年先だが、生産年齢人口の数は、90年代半ばにすでにピークアウトしており、以後は減少し続けているのである。日本はもはや、「人口ボーナス」を使い果たしてしまった。問題は、にもかかわらず、人口と経済の歴史認識を欠いたまま、公共事業という名のバラまき財政を続けていることなのである。
たとえていうならば、一度きりの臨時ボーナスを得たサラリーマンが、高収入が続くものと錯覚して、翌月以降も散財し、借金までつくってしまったようなものだ。その結果がどうなるか、火を見るよりも明らかである。日本人の多くは、戦後、自分達が恩恵にあずかってきた状況を、臨時の収入(一回性の人口ボーナス)によってもたらされたものではなく、定期の収入(定常的な人口の状態)であると錯覚し続けてきた。今もまだ、その錯覚から解放されてはいない。
人口転換は、どんな国でも一度きりしか起こらない。平時の状態が続き、大規模な移民など、国際的な人口移動がない限り、二度と「人口ボーナス」に恵まれることはないのである。70年代初頭から人口置換水準を割り込んでいたのに、日本はこの30年間、次世代の育成に投資してこなかった。私達は、そのツケをこれから支払わされることになる。そうした現実を、直視していないこと、それこそが日本の直面する最大の危機なのである。


『混迷の知恵』 序――歴史を無視する者は歴史に処断される 瀬島 龍三


著者がガダルカナルの戦いをサンケイ新聞に連載するにあたって、当時、私が陸軍統帥部の作戦課に勤務していたというので協力をもとめてみえたのは、五四 年九月の中旬ごろであったと思う。
その時私は、常日ごろ感じていた二、三のことを述べた。それは全体的な歴史の流れのなかで、ガダルカナル戦という部分史をとらえてほしいということで あった。さもなければなぜあのような遥かな島で日米の決戦が行われたかが、わからなくなってしまうと思ったからである。二つには、今日の価値観で批判する のは容易だが、当時の情勢に身をおいて判断するのでなければ、本当の姿が見失われるだろうということであった。そして、戦後に形づくられた当時の政治家や 旧陸海軍の人物イメージにこだわることなく描くことを、切にすすめたのである。
すると同君もまた同じような考えを持っていることを述べたので、私は大いに期待して、取材すべき方々のリストを作成して、その紹介の労をとったのであっ た。
連載が始まってからは、私はこの「遠すぎた島」を毎日欠かさずに読んだ。叙述は日本側にとどまらず、米国を中心とした連合国側にも及んでおり、両者を対 比するかのごとく描かれているさまはあたかも俯瞰図を見るようで、私は興味のつきないものを覚えた。わけても、従来ともすれば偏った見方の多かった類書の なかで、私の知る限りこの著書が最も公正であったのは、私の期待したとおりであった。
歴史を無視すれば歴史によって必ず処断される、という。未来が不確実かつ不安定な時こそ、過去の歴史をひもとき、歴史の流れの実相を見つめ直す必要があ るのは、その故にこそであろう。
現代の日本は、この作品の背景となった約四十年前に比べて、じつに豊かになった。戦後の復興に始まって、高度成長期に生じたさまざまな問題、そして二次 にわたるオイルショックを乗り切ることができたのは、世界に大きな戦争がなかったこともあるが、同時に日本人が賢明で努力を惜しまなかったからである。
しかしながらこれからの日本の将来を考える時、きわめて厳しいものがあると言わねばならない。縁あって私は臨時行政調査会の委員をお引き受けしたが、行 革を通じて痛感したのは、日本にとってのこれからの五年、十年というものが容易ならざる時代になるだろうという予感であった。
いかなる政策といえども、財政の裏づけなしに実現することはあり得ない。しかもその血液となる国家財政は、もしこれが私企業ならばとっくに倒産している と思われるほど深刻な状態にある。もし日本がこのまま、つじつま合わせに終始してその日暮らしに過ごすならば、十年をへずして行き詰まりが到来するだろ う。
かつては夢想だにしなかった今日の繁栄ではあるが、しかし明治以後の日本が苦し紛れにとらざるを得なかった大陸政策、その結果として戦争に追い込まれて いった最大の要因であるところの国土の狭小、資源の貧弱、人口の過多という、当時としては絶望的ともいえる日本の条件は、現在も基本的にはなんら変わると ころがないのである。いうなればこの繁栄は危うい均衡の上にひらいたものであり、その均衡を維持するためには、絶えず資源を海外に依存しなければならない のである。されば基本的にはどの国にも協力をし、またわれわれのほうにも協力を得るのでなければ、活力を保てない国であることを、忘れてはならないと思 う。
いたずらに悲観的になる必要はないが、さりとて楽観に流れすぎるのは危険である。近年行われるところの日本人論を読むと、日本の技術力と日本的組織体質 の優秀性を強調するあまり、マイナス面をかえりみることが忘れられつつあるように、私には見えてならない。
著者がこの書物のなかで再三強調するように、国家はもちろんのこと企業であれ個人であれ、油断と慢心ほど落とし穴となるものはない。いかに卓越した技術 力もそれを活かす戦略がなければ的確な効果は期待しがたいし、かつまたどのように優れた組織も、運営いかんによって結果は大きく左右される。このいずれも が人のあり様にかかわっているのである。
日本人と日本的組織体質の優秀性が、日本人の深層にある基底文化に根ざすものであるならば、その弱点、欠点もまた同じところにルーツを求められるであろ う。われわれが自らの文化に自信を持ちすぎるあまりに、それが自惚れとなってしまうようなことがあれば、ガダルカナル戦のような自滅的敗退は過去だけのも のではなく、たとえば経済の分野などに、形を変えてまた未来にも起きるかもしれない。そのような現代のすべての日本人にとって切実な問題提起を、本書は読 者になげかけてくるだろう。この作品がいま読まれるべき意味は、まさにそこにあると考える。
成功は自信をもたらすが、失敗は教訓を残しうるのである。しかしそのためには何よりもまず、客観的に事実を見つめるだけの冷静さがなくてはならないが、 その点においてもこの著者は充分に信頼することができる。「戦闘もまた、生活のなかで行われる」という文中の言葉に集約されるように、著者は“戦争か平和 か”あるいは“生か死か”といった極端な二元論に走ることなく、戦場の極限を日常的な感性のなかに還元して描いている。人間の行為の賢さにも愚かさにも、 等しくそそぐ眼差しの温かさがあったからこそ、それが可能になったと思う。
時代を超えたありのままの日本人の姿を知ることは、言葉巧みな日本礼讃よりも、はるかにわれわれにとって有益な場合がある。ひとり戦争を体験した方々の みならず、社会の中堅をしめる世代にも、また将来を担う若い人たちにも、この書が読まれることを願ってやまない。
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Scott Grooves feat. Chris Codish - Organ Nights (1999)








































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Our Goa Trip 2007

http://www.worldforum.jp/































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Lustral - Everytime (A Man Called Adam's Balearic Remix)





























































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Smoke City - Dark Walk












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CUB MUSIC ??? !!!

クラブミュージックって
何だったの???!!!っていう、、、

Lil Louis - Club Lonely


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Incognito - Collibri (live
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1 - Archaic Revival
History is ending because the dominator culture has led the human species into a blind alley, and as the inevitable chaostrophie approaches, people look for metaphors and answers. Every time a culture gets into trouble it casts itself back into the past looking for the last sane moment it ever knew. And the last sane moment we ever knew was on the plains of Africa 15,000 years ago rocked in the cradle of the Great Horned Mushroom Goddess before history, before standing armies, before slavery and property, before warfare and phonetic alphabets and monotheism, before, before, before. And this is where the future is taking us because the secret faith of the twentieth century is not modernism, the secret faith of the twentieth century is nostalgia for the archaic, nostalgia for the paleolithic, and that gives us body piercing, abstract expressionism, surrealism, jazz, rock-n-roll and catastrophe theory. The 20th century mind is nostalgic for the paradise that once existed on the mushroom dotted plains of Africa where the plant-human symbiosis occurred that pulled us out of the animal body and into the tool-using, culture-making, imagination-exploring creature that we are. And why does this matter? It matters because it shows that the way out is back and that the future is a forward escape into the past. This is what the psychedelic experience means. Its a doorway out of history and into the wiring under the board in eternity. And I tell you this because if the community understands what it is that holds it together the community will be better able to streamline itself for flight into hyperspace because what we need is a new myth, what we need is a new true story that tells us where we're going in the universe and that true story is that the ego is a product of pathology, and when psilocybin is regularly part of the human experience the ego is supressed and the supression of the ego means the defeat of the dominators, the materialists, the product peddlers. Psychedelics return us to the inner worth of the self, to the importance of the feeling of immediate experience - and nobody can sell that to you and nobody can buy it from you, so the dominator culture is not interested in the felt presence of immediate experience, but that's what holds the community together. And as we break out of the silly myths of science, and the infantile obsessions of the marketplace what we discover through the psychedelic experience is that in the body, IN THE BODY, there are Niagras of beauty, alien beauty, alien dimensions that are part of the self, the richest part of life. I think of going to the grave without having a psychedelic experience like going to the grave without ever having sex. It means that you never figured out what it is all about. The mystery is in the body and the way the body works itself into nature. What the Archaic Revival means is shamanism, ecstacy, orgiastic sexuality, and the defeat of the three enemies of the people. And the three enemies of the people are hegemony, monogamy and monotony! And if you get them on the run you have the dominators sweating folks, because that means your getting it all reconnected, and getting it all reconnected means putting aside the idea of separateness and self-definition through thing-fetish. Getting it all connected means tapping into the Gaian mind, and the Gaian mind is what we're calling the psychedelic experience. Its an experience of the living fact of the entelechy of the planet. And without that experience we wander in a desert of bogus ideologies. But with that experience the compass of the self can be set, and that's the idea; figuring out how to reset the compass of the self through community, through ecstatic dance, through psychedelics, sexuality, intelligence, INTELLIGENCE. This is what we have to have to make the forward escape into hyperspace.





















そして、我々にとって真に必要な情報は何か?
という事だ。




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過去のカセットの音源をアップすることにしました。多分一週間くらいで。しかし例によって予定は未定なんだな、これが

http://tamekiyo.com/
こちらもどうぞ






































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多くの関係者が指摘するように、1960年代後半に合衆国で発足したトランスパーソナル運動は、その時代的な役目を終えて、今世紀にはいり、徐々に終焉期を迎えようとしている。先進国において、未曾有の物質的な繁栄を背景として展開したトランスパーソナル運動は、本質的には、大量消費主義という量化の時代精神("Flatland")に抵抗する内面主義的な思想運動として成長した。[1] しかし、現在、国内・国外において、「スピリチュアリティ」という言葉の大衆化を契機として呪術的・退嬰的な内面主義が蔓延するなかで、トランスパーソナル運動は、「内面主義」という時代精神の担い手としての役割を急速に失いつつある。「自己発見」や「自己実現」等の内面探求の様々な手法の商品化が完成した現在の状況において、あくまでも学術活動としての体裁を保持しなければならないトランスパーソナル運動は、大衆にとって、もはや必要とされないものなのである。実際、国内・国外の関連組織の構成員は確実に減少しつつある。とりわけ、合衆国と日本においては、そうした趨勢は非常に顕著にあらわれており、将来的には、トランスパーソナル運動は、少数の関係者のための特殊な共同体として収束することになるだろう。



Ken Wilber(KW)は、執筆活動の初期より、トランスパーソナル運動が内包していたこうした構造的な問題を認識しており、数々の著作をとおして、その克服のための提言をくりかえして行ってきている。しかし、そうしたこころみにもかかわらず、トランスパーソナル運動は、Spiral Dynamics理論において"Green vMeme"と形容される価値観の構造的な限界を克服することができないままに、確実に調査・研究・実践の領域において劣化をつづけている(Wilber, 2000b)。こうした状況のもと、1990年代の後半、KWは、当時Association for Transpersonal Psychology(ATP)の総監督(Executive Director)を務めていたMiles Vichの辞任を契機として、自らもATPの運営を離れて、また、トランスパーソナル運動そのものとも訣別を表明している。



その後、KWが自らの主催するIntegral Institute(http://www.integralinstitute.org/)を機軸として「インテグラル運動」を展開していることは周知のところである。ただ、ここで留意するべきことは、こうした新たなこころみの意義を理解するためには、20年間以上にもおよぶ懸命な携わりにもかかわらず、KWが最終的に否定しなければならなかったトランスパーソナリズムという思想運動を規定する特有の価値観――Green vMeme――の限界(問題)を把握することが非常に重要であるということである。こうした理解の欠如したところにおいては、結局のところ、インテグラル思想をGreen vMeme(Individualist段階 [2] )をとおして理解(曲解)することしかできないままに終わるだろう。とりわけ、国内においては、今後、これまでにトランスパーソナル思想の紹介者・擁護者として活動していた人々が、その延長線上で、インテグラル思想の紹介をすることになる可能性があるが、このことは、必然的に、インテグラル思想の歪曲をもたらす危険性を内蔵することになるだろう。こうした紹介者が「こころの時代」の担い手としての自らの構造的な特性に無意識であればあるほどに、そこにおいて主張される「インテグラル思想」は深刻に歪曲されたものとならざるをえないのである。



KWもくりかえして強調するように、Green vMeme(Individualist段階)の構造的な問題と対峙・克服することなしには、インテグラル思想を正確に理解することはできない。その意味では、インテグラル思想の理解のためには、まず、今日、国内・国外において、Green vMeme(Individualist段階)という価値体系が醸成した「こころの時代」と形容される時代精神の本質的な問題を批判的に検討することが重要となるだろう。ただ、「自己探求」や「自己実現」を称揚するこの時代精神が、トランスパーソナル運動の多数の関係者の「生活」に経済的に寄与するものであることを鑑みると、実際には、こうした検証をすることが非常に困難であることは間違いのないところである。つまり、彼らにとり、それは、思想上の問題ではなく、むしろ、経済上の問題なのである。



あらためて指摘するまでもなく、「こころの時代」とは、大量消費主義という窮極的には持続不可能な思想がもたらす物質的な豊かさを基盤として成立しているものである。そして、そうした時代精神は、自らの存立を可能としている客観的・物理的な条件(「生存条件」・"Life Conditions")にたいする深刻な無自覚(ignorance)を醸成する肥大化した内面主義(感覚主義・体験主義)を正当化する傾向を内包している。非常に残念なことに、トランスパーソナル運動は、そうした時代精神の問題を批判するのではなく、むしろ、その恩恵を享受しながら、それを擁護するかたちで展開しているのである。



こうしたことを考慮すると、今後、われわれが、インテグラル思想について探求するうえで、まずしなければならないのは、難解な書籍を読むことではなく、むしろ、自己の生活者としての前提を構成としている欺瞞と対峙することであるといえるだろう。そうした精神的な強靭性のないところにおいては、インテグラル思想は、その実践思想としての本質を去勢された、単なる知的自慰の道具としてしかとらえられないことになるのは確実である。



世界を包括的にとらえるというインテグラル思想の基本的な姿勢は、本質的に、自己の存在が内蔵する盲点と矛盾を暴きだす危険性を内包している。そして、そうしたインテグラル思想のこころざしを抱擁することができるためには、自己との対峙という責任を回避することはできないのである。



ここでは、KW(2006)の最新作であるIntegral Spirituality: A startling New Role for Religion in the Modern and Postmodern worldにおいて展開されている議論を参照しながら、現代において必要とされるインテグラル段階(Strategist段階以降)の意識構造を基盤とするスピリチュアリティ――「インテグラル・スピリチュアリティ」――とはいかなるものであるのかを探求したい。[3]



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『静かなる戦争のための沈黙の兵器』

パンドラのはこ【-の箱】(ギリシャ神話)ゼウスがすべての悪と災いを封じこめて、
人間界に行くパンドラに持たせた箱。パンドラが好奇心からこれを開いたため、あら
ゆる罪悪・災禍が抜け出て、人類は不幸にみまわれるようになり、希望だけが箱の底
に残ったという。[新明解百科語辞典、三省堂]

〇これは次の三書の抜粋を分類し小見出しを付けたものです。
(1)『静かなる戦争のための沈黙の兵器』(文明批評學會版)より
(2)『シオンのプロトコール』(五葉光彦訳)より
(3)タルムード(愛宕北山著『猶太と世界戦争』、四王天延孝著『ユダヤ思想及運動』
 その他より)

〇分類の中見出しと各抜
粋文の小出しとは編者が付けたもので、原著にはありません。〇各抜粋文の末尾に
<>で囲ったのは、原本の項目名です。


『静かなる戦争のための沈黙の兵器』より


     世界の奴隷化と第三次世界大戦

●奴隷化と計画的大量殺害なしには社会のオートメーション化は不可能である
 社会コントロールと人間生活の破壊、言い換えれば、奴隷化と計画的大量殺害とい
う広大な目標を含めることなしには、一国ないしは世界的規模の社会工学化あるいは
社会のオートメーション化、すなわち、社会オートメーション・システム(沈黙の兵
器)を論ずることは不可能である。
<機密保持>

●『沈黙の兵器』は第三次世界大戦の宣戦布告である
 この刊行物[沈黙の兵器]は、「沈黙の兵器」をもって闘われ、細菌戦と酷似した
戦争を遂行する「静かなる戦争」と呼ばれる第三次世界大戦の二五周年を記念して刊
行されたものである。この文書には、今戦争とその戦略ならびに兵器についての序説
が収められている。<ご搭乗感謝>

●静かなる戦争は一九五四年、国際的なエリートによって宣戦布告された
 静かなる戦争は、一九五四年、国際的なエリートによって静かに宣戦布告された。
 沈黙の兵器システム[コンピュータ]はほぼ十三年遅れて姿を露わしたけれども、
この新兵器システムの出現によって、重大な蹉跌を被ることは皆無となった。この小
冊子は静かなる戦争開始二五周年を記念する。すでにこの国内戦争は世界中の多くの
戦線で多くの勝利をあげてきた。<歴史的序説>

●ひそかにアメリカ人に対し静かなる戦争を仕掛ける
 将来の世界秩序、平和、安寧のために、ひそかにアメリカ人に対し静かなる戦争を
仕掛け、自然と社会のエネルギー(富)を、幼稚で処理能力のない大多数の人間から、
自己訓練を積み遂行能力があり尊敬に値する少数者の手へと、恒久的に移すことを究
極目標とする。<エネルギー>

     「沈黙の兵器」の特徴

●沈黙の兵器のテクノロジーの構成要素は公開の理想的改革案としても通用する
 一九五四年、影響力を行使できる地位にいる人々は、一般大衆が既成権力の寝台に
手をかけて引っくり返すのは、たかだか数十年内という時間の問題に過ぎないという
ことを十分に理解していた。というのも、新たなる沈黙の兵器のテクノロジーの構成
要素は内密の理想的改革案として通用し、それと同様に、公開の理想的改革案として
通用するものだからである。<政治的序説>

●公衆の目には自分たちのためになると見えるような新しい兵器を開発する
 この目標に到達するために、究極のところ、操作原則がひじょうに高度で精巧であ
り、公衆の目には自分たちのためになると見えるような、その名を「沈黙の兵器」と
呼ぶ一群の新しい兵器を開発し、確保し、適用する必要があった。結論をいえば、研
究対象となるのは、資本の所有者(銀行業)と商品産業(商品)とサービス[注・直
接生産以外の労働]によって運営されている、全面的に予測可能でかつ操作可能な経
済体制である。<エネルギー>

●通常兵器に期待することはことごとく沈黙の兵器に期待できる
 沈黙の兵器の開発者たちは、もっぱら機能の仕方という点に関しては、通常兵器に
期待することをことごとく沈黙の兵器に期待している。それは将軍に代えるに銀行の
実力者の命令により、狙撃手に代えるにコンピュータ・プログラマが、銃に代えるに
コンピュータから、火薬に代えるに発生したデータにより、化学反応(爆発)に代え
るにデータ処理によって推進し、銃弾に代えるに状況を射撃する。それは明白な爆発
音を伴わない。明白に肉体的あるいは精神的な損傷の原因となることなく、誰かの日
々の生活を明白に妨害することがない。しかも、それは明白に「ノイズ」を発生させ
る。明白に肉体的あるいは精神的に損傷を負わせ、明白に日々の社会生活を妨害する。
求めているものを知っている、熟練した観察者にはそういうことが明白に判るのであ
る。<沈黙の兵器についての序説>

●大衆はこの兵器に攻撃されていることが信じられない
 大衆はこの兵器を理解することができず、兵器に攻撃され征服されていることが信
じられない。大衆は本能的には何か良くないことが起こっていると感じるが、沈黙の
兵器の技術的な性質により、かれらが感じていることを理性的な形で表現することが
できないか、知性をもって問題を扱うことができない。それゆえ、かれらは助けを求
める方法が解らず、沈黙の兵器に対して自分を守るために他人と協力する方法が解ら
ない。沈黙の兵器がじわじわと大衆を攻撃すると、大衆は(経済経由で心理的な)圧
迫があまりにも大きくなってマイってしまうまで、兵器の存在に自分を合わせ慣らし、
生活への侵食を耐え忍ぶことを学ぶ。<沈黙の兵器についての序説>

●沈黙の兵器は細菌戦兵器と同一タイプの兵器である
 沈黙の兵器は細菌戦兵器と同一タイプである。自然と社会のエネルギーの源泉なら
びに大衆の肉体的、精神的、感情的な強さと弱さを知り、理解し、操作し、攻撃する
ことによって、社会の各個人の活力、選択の自由ならびに流動性に攻撃を加える。
<沈黙の兵器についての序説>

●沈黙の兵器は初代ロスチャイルドのアイディアを成長させたものである
   自分に国家の通貨をコントロールさせよ
   そうすれば誰が法律を作ろうと知ったことではない
       メイヤー・アムシェル・ロスチャイルド(1743~1812)

 今日の沈黙の兵器のテクノロジーは、ここに引用したメイヤー・アムシェル・ロス
チャイルド氏が簡潔に表現し、効果的に活用した、単純なアイディアを成長させたも
のである。……もちろん氏は二〇世紀においては、これが大発見となるとは考えては
いなかったし、確かに、数学的な分析は第二次産業革命、力学とエレクトロニクスの
学説、また、世界経済コントロールを効果的に発揮するためにはエレクトロニクス・
コンピュータの開発を待たなければならなかった。<理論的序説>

●「金力の外見をわがものにすれば人は金力を与えてくれる」
 ロスチャイルド氏が発見したことは、上記の概念を経済学に適用した、権力、影響
力、人民に対するコントロールについての基本的な原理であった。その原理は「金力
の外見をわがものにすれば、人は金力を与えてくれる」ということである。<ロスチ
ャイルド氏が発見したエネルギー>

●個人の好みまでもコンピュータ管理の下に置けるようになる
 産業構造のもとにある各個人の要素は、消費者本人であることを確認する(協会が
認定)消費者動向コンピュータ協会の識別(包装に印刷されている万国製品コード
UPCのゼブラ縞価格コード)のように、識別された個人の好みも、コンピュータ管
理の下に置かれるようになる(クレジットカードの使用を経て、将来は番号が通常の
光の下では識別できず消えることのない「入れずみ」をさせることによって)。<経
済学への適用>

●世界経済をコントロールする科学を確立する
 ハーバード経済調査研究所(一九四八~)は、第二次世界大戦のオペレーションズ・
リサーチを拡張したものであった。その目的は、まずはアメリカ経済、ひいては世界
経済をコントロールする科学を確立することにあった。数学的な基礎とデータが十分
であれば、ロケットの弾道を予測しコントロールすることと同じくらい、経済の動向
を予測しコントロールすることは容易であると思われた。そのことは事実が証明して
きた。さらに、経済は目標に誘導されるミサイルに置き換えられてきた。……ハーバ
ードの直接の目的は、経済構造、すなわち、構造を変える力、構造の行動を予測する
方法、それを操作する方法を発見することにあった。<経済的モデル>

●経済衝撃テストによって安い労働資源を得ることができる
 航空機の機体衝撃テストでは、機体に搭載して発射させた銃器の反動の波動が起こ
す衝撃波が、航空機の部分か全体かその翼かに、ギター弦やフルートの弁や音叉のよ
うな細かなあるいは荒っぽい振動を起こし始め、飛行中に崩壊するか空中分解するか
の状況を、航空エンジニアに知らせる。経済エンジニアは、[経済衝撃テストによっ
て]同じ結果を獲得する。すなわち、牛肉、コーヒー、ガソリンあるいは砂糖などの
主要商品を注意深く選んで、経済と消費者大衆の動きを研究し、次には価格や有用性
に突然の変化あるいは衝撃を与え、それによって、各人の予算と購買習慣を跡形もな
く断ち切る。次いで、経済エンジニアは、衝撃波に起因する広告、物価、あれこれの
商品の販売における変化をモニターした結果を観察する。こういう研究の目的は、経
済一般の動向や変化を予測可能な状態にし、一般大衆が、ある種の「専門家」たちが
金のシステムをコントロールし、万人のために(自由や正義よりも)安全を回復すべ
きだと確信している傾向を自滅させるノウハウまで得ることにある。実験材料になる
市民たちが、かれらの財政問題をコントロールできなくなるとき、かれらはもちろん
完全に奴隷化された、安い労働資源となる。<経済衝撃テスト>

●金の流れと大衆の心理反応との間には数量で現わせる関係がある
 [経済]衝撃テストによって、経済における金の流れと、被験者大衆の心理的外見
ならびに反応との間には密接な関係があることが解る。たとえば、ガソリンの価格と、
頭痛を感じ、暴力的な映画を見たいと思い、たばこを吸い、ビールを一杯引っかけに
酒場に行こうとする人との間には、数量で現わせる関係がある。<経済衝撃テスト>

●経済破壊を通じて一般大衆を完全にコントロールするプログラムが得られる
 最も興味深いことに、一般大衆がかれらの抱える問題から逃れ、現実を逃避する経
済モードを観察、計測し、オペレーションズ・リサーチによる数字をあてはめると、
一般経済の破壊(スモモの木を揺さぶる)を通じて一般大衆を完全にコントロールし
服従に持ち込む作為的危機(衝撃)の最もありうる組み合せを、コンピュータに予見
させるプログラムを作ることが可能である。<経済衝撃テスト>

●大衆から合法的強制力を使って入手したデータにより作動する
 沈黙の兵器システムは、従順な大衆から合法的(必ずしも道義的とは限らない)強
制力を使って入手したデータにより作動する。沈黙の兵器のシステム・プログラマに
とっては、国税庁を通じた大量の情報は利用価値が大きい。(国税庁の資料リストに
ある『アメリカ経済の構造研究』参照)。この情報には、納税者と雇用者とが供給し
た奴隷労働によって提出され、収集され、計算された、連邦ならびに州の徴税書類に
含まれた、よく系統だてられたデータの法的刊行物から構成されている。その上、国
税庁に提出された、このような大量の徴税書類こそは、戦略意思決定の重要なファク
ターとなる、大衆の同意を示す有力な指標である。他のデータ資料については「入力
項目の簡易リスト」を参照されたい。<同意‥勝利の第一歩>




     王者とクラゲ

●簿記を駆使する者は王者となることができる
 エネルギーは地球上のすべての活動の鍵である。自然科学は資源を研究して自然エ
 ネルギーを支配し、理論的には経済学に帰する社会科学は資源を研究して社会エネ
 ルギーを支配する。この二つは簿記システムすなわち数学である。したがって、数
 学は最も基本的なエネルギー科学である。そして、一般人を簿記の操作方法に無知
 のままにさせておけば、簿記を駆使する者は王者となることができる。すべての科
 学は究極の目的に達するための手段に過ぎない。手段とは知識である。究極の目的
 とは支配である。残る問題はただ一つ、「誰が利益を享受するか」だけである。<
 エネルギー>

●経済学の分野で第一級の攻撃的戦闘能力をもつ必要がある
 エネルギーが地球上のすべての活動の鍵となる以上、エネルギー、原料、製品、サ
 ービスの独占を達成するためには、また、奴隷労働の世界システムを確立するため
 には、経済学の分野で第一級の攻撃的戦闘能力をもつ必要がある。われわれの地位
 を維持するためには、全経済分野にわたってコントロールする絶対的な第一級の科
 学知識をもち、世界経済を管理する第一級の経験を積む必要がある。<要約>

●知性を用いようとしない人間たちの国々は知性を持たない動物同然である
 知性を用いようとしない人間たちの国々は、知性を持たない動物同然だという話に
 決まった。そのような人間は荷物運搬動物であり、自分から進んで食卓に上ったス
 テーキなのである。<エネルギー>

●頭脳を使わない人間は荷物運搬動物かその調教師となるほかはない
 もっている頭脳を使わない人間は、頭脳がないのも同然である。だから、父親、母
 親、息子、娘というこれら知性のないクラゲの学校は、荷物運搬動物あるいはせい
 ぜい彼らの調教師となるほかはないのである。<実施のファクター>

●人類は機械であり掴んで回すことのできるレバーである
 ふつうの状態では存在しないものは、計算によって強制的に明るみに出すことがで
 きる。人類は機械であり、掴んで回すことのできるレバーであって、社会をオート
 メーション化することと、靴工場をオートメーション化することとの間には、ほん
 のわずかしか違いがない。<徴兵>

●真の解決策はわれわれ少数者の手に委ねられている
 一般大衆は、自分自身の精神構造を変えることや同胞に対する信頼をくつがえすこ
 とを拒む。そのような野蛮人の群が激増し、言ってみれば、地表を覆うアリマキ[
 葉枯れ病を起こす害虫]の大群となっている。かれらは、かれらなりの宗教的モラ
 ルは持っているけれども、なぜ戦争をなくすことができないかを教える経済科学の
 ことは全く無知であり、宗教心や自己満足にひたって地上の問題を処理することを
 拒絶し、現実問題の解決は自分たちの手の届かない所へ押しやっている。具体的な
 解決は、最も生き残るにふさわしい者として知性をもって生き残ろうとし、真にか
 れらのことを気づかう者としてかれらの問題を処理しようとする、われら少数者の
 手に委ねられているのである。そうでなかったならば、沈黙の兵器が明るみに出て
 、未来の真のヒューマニティの種子を確保するわれわれの唯一の希望が失われるで
 あろう。<時間の流れと自己破壊振動>

●社会の下層階級要素を全き統制下に置かなければならない
 全面的に予測可能な経済を達成するためには、社会の下層階級要素を全き統制下に
 置かなければならない。すなわち、こんなことになっているのは正しいことなのだ
 ろうかと気付かないうちに、しつけ、調教し、くびきを付けさせ、ずっと古い昔か
 ら行われている長期にわたる社会義務を植えつけなければならない。<エネルギー
 >

     戦略と戦術

●戦略表
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・   実      行     ・   目標または獲得物       ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 大衆を無知にする。      ・ 公共組織の衰弱。         ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 重要点(価格と売上げ)をコン ・ フィードバック出力に必要とされる ・
・  トロールすることにアクセス ・  反応。             ・
・  する。           ・                  ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ [大衆を]上の空にさせる。  ・ 防衛力の低下。           ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 家族を攻撃する。       ・ 若者の教育をコントロールする。  ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 現金は少なく、借金と施し物を ・ もっと自堕落に、もっとデータを。 ・
・  多くする。         ・                  ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 教会の独立性を攻撃する。   ・ この政府のようなものに対する信仰 ・
・                ・  を破壊する。          ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 社会的画一性をはかる。    ・ コンピュータ・プログラミングを単 ・
・                ・  純にする。           ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 税に対する反抗を最小に押える。・ 経済データを最大にする。      ・
・                ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・                ・ 強制する問題を最小にする。     ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 同意係数を安定させる。    ・ 単純化。              ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ はみ出しに対するコントロール ・ コンピュータ入力データを単純化し ・
・  を強化する。        ・  予知可能性を大にする。     ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 境界条件を確立する。     ・ 問題の単純化。           ・
・                ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・                ・ 差異の解決と差異同一化。     ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 適切なタイミング。      ・ データの変移と不明瞭さの減少。  ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ コントロールへの抵抗を最小限 ・ コントロールを最大限にする。   ・
・  に抑える。         ・                  ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ コントロールを最大限にする。 ・ 究極まで従属させる。        ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ 通貨の崩壊。         ・ アメリカ国民相互の信頼崩壊。    ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・           END( 作戦終了)               ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<戦略表>

●下層階級に与える教育は最も貧弱な質にとどめなければならない
 下層階級に与える教育は、下位の階級と上位の階級とを隔てる無知の堀をめぐら
 し、下位の階級のことは理解しがたいと思えるほどに、最も貧弱な質にとどめな
 ければならない。このように初めからハンディキャップをつけておくことが、下
 層階級でも頭のよい者に、生活のくびきから救い出されるチャンスがあったとし
 てもごくわずかだと思い知らせることになる。このような奴隷制度は、上流支配
 階級社会の秩序、平和、安寧のバロメーターを保つために欠かすことができない
 。<エネルギー>

●大衆は貪欲であるがために限度を越えて通貨を発行しても平気でいる
 彼[ロスチャイルド]は、誰が戦争の勝利者となるかを決める通貨のコントロー
 ルに乗り出した。一国の経済システムのコントロールを彼に委ねることに同意し
 た政府は、彼の支持を受けた。負債が増えれは増えるほど、債務者の敵に経済的
 な援助が保証された。この方法であがった利益で、ロスチャイルド氏はいやが上
 にも富み、いやが上にも富を拡げることができた。彼は、大衆が貪欲であるがた
 めに、政府が貴金属と商品生産とサービス(国民総生産GNP)の裏付けなしに
 限度を越えて通貨を発行(インフレーション)しても平気でいることを見抜いた
 のである。<ロスチャイルド氏が発見したエネルギー>

●真実同胞を気づかうならばクレジットや福祉には頼らないだろう
 もしも人々が真実同胞を気づかうならば、クレジットや、働く者から奪いグウタ
 ラ者を満足させる社会福祉システムに頼らないように、自分たちの欲望(貪欲、
 生殖など)をコントロールするであろうに。<時間の流れと自己破壊振動>

●最も単純な経済増幅装置の形態は宣伝と呼ばれる装置である
 テレビの広告主から語りかけられると、人は被暗示性のために、確かな確率で十
 二歳の児童そのもののように無批判に暗示に反応し、その商品を買うべく衝動的
 に店に行き、自分の経済貯水池から経済エネルギーを放出する。<経済増幅装置
 >

●人は母の子宮の代用保護物である人工子宮を作る
 人は母親の子宮を離れる時から、さまざまな形の代用保護物すなわち殻(から)
 である人工子宮を作り、維持し、引きこもる方向にことごとくの努力を傾ける。
 これらの人工子宮の目的は、活動の安定にも不安定にも対処する環境を確保する
 こと、成長と成熟の時期にはシェルターとなり、老後には自由を保証し、外から
 の攻撃に身を守る防御物を確保することにある。このことは、一般大衆でもエリ
 ートでも変りない真実である。だが、問題解決策の求め方には決定的な差異があ
 る。<人工子宮>

●どうしようもない大衆に対する有効な戦略兵器が福祉国家である
 なぜ市民個人が政治という機構を作りだすかという根本的な理由は、子ども時代
 に頼りにした関係を永続させたいという、潜在的な意志あるいは欲望に根ざして
 いる。卒直にいえは、かれらは、かれらの生活からすべての危険を取り除き、頭
 をなで、傷口にキスをしてくれ、どのディナーテーブルにもひな鳥をつけ、体を
 洗ってくれ、夜になればベッドに押し込んでくれ、何ごとも明日の朝目が覚めれ
 ばすべてよくなっているだろうと言ってくれる神人が欲しいのである。……こう
 いう大衆の行動は、恐怖、怠惰、利巳主義の軍門に降っていることを意味する。
 そういうどうしようもない大衆に対する有効な戦略兵器となるのが、かれらが主
 成分になっている福祉国家である。<国の政治機構・・依存物>

●偽善者であればあるほど政府の腐敗堕落を訴える
 多くの人は、自分の日常生活をわずらわす他人を、できることなら抑えこみたい
 か、殺したいか、あるいはその両方だが、自分が起こした明白な行為で、道徳上
 あるいは宗教上の問題を争わされなければならないのはごめんだと思っている。
 それゆえ、かれらは、自分たちの手を血で汚さないようにするため、(自分の子
 どもたちも含めて)他人に汚い仕事をやらせる。かれらは、動物に対する人間の
 扱いが悪いと言ってわめき散らしながら、自分の視野には入らない下町の漆喰の
 屠殺場から来るハンバーガーの前によだれをこぼして座る。だが、偽善者であれ
 ばあるほど、世間では政治家と呼ばれている殺し屋の専門団体に財政援助の税金
 を払い、政府の腐敗堕落を訴える。<行動/攻撃>

●政治家とは一般大衆の分別に目潰しを喰わせるために雇われた殺し屋である
 インフレによって膨大な量の金が一般大衆の手にわたり、かれらの貪欲さのバラ
 ンスを維持し、かれらの中に虚構の自己満足を作り出す・・しばし、狼は戸口の
 外で待っている。万一の場合、収支のバランスをとるために、戦争という手段に
 訴えなければならない。極言すれば、戦争は債権者を破滅させる手段に過ぎず、
 政治家とはとるべき責任をとらなかった行為を正当化し、一般大衆の分別に目潰
 しを喰わせるために公然と雇われた殺し屋である。<時間の流れと自己破壊振動
 >

●人々は権威を求めるが責任は引き受けようとはしない
 多くの人々は自由に物事(冒険その他)をやりたいとは思うが、失敗を恐れる。
 失敗の恐れは、成功の見込みが薄いとか、人が信じる気のない創作された嘘(法
 律)を通過させるとかの場合は、他人に責任を押しつけるとかの無責任さに現わ
 れる。かれらは権威を求める(権威 authorityの語源は「創作者author」である
 )が、責任や虚偽は引き受けようとしない。そこで、かれらは、かれらに代って
 現実に直面してくれる政治家を雇う。<責任>

●人々は自分たちが次のことをできるように政治家を雇う
 人々は自分たちが次のことをできるように、政治家を雇う。
 1体を使うことなしに安全を手に入れる。
 2頭を使うことなしに行動を手に入れる。
 3生か死かをじっくり考えることなしに、他人から盗み、傷つけ、死に至らしめる。
 4全くその気のない責任はとらない。
 5これらの局面に立たされる訓練を受けることなしに現実や知識という利益を手
 に入れる。


<総括>

●徴兵の目的は脅迫によって政府は万能であるという確信を教え込むことにある
 徴兵あるいは他の類似の制度のそもそもの目的は、脅迫によって、社会の若い男性
 に政府は万能であるという、いわれなき確信を教えこむことにある。彼はまもなく
 、祈りが時間をかけてやっていたことを、一発の弾丸が一瞬のうちにドンデン返し
 にしてしまうことをを教わる。<徴兵>

●徴兵については次のように定義できる
 【徴兵】(志願兵など)は、中年と老年が若年を公共の汚れた仕事に強制的につか
 せる目的をもって考案された、強制的集団犠牲と奴隷の制度である。それは若者を
 年長者と同じように有罪とし、若者による年長者批判を極力抑えつける作用を果た
 す(世代安定剤)。それは、「愛国的・国民的」サービスというラベルを貼られ、
 おおやけにマーケットに出され販売される。<徴兵>

●徴兵の成功には脅迫が本質的に重要である
 徴兵の成功には、ほかの人間社会機構のように、あれこれの形の脅迫(または刺激
 )が本質的に重要である。物理学の作用反作用の原理は、内的なサブ・システムに
 も外的なサブ・システムにも適用されなければならない。徴兵にあたって、確実に
 個々人を洗脳しプログラムに組み込むには、家族と同僚グループの双方ともを巻き
 込んで統制下に置かれなければならない。<実施のファクター>

●広告メディアは父になるべき男が尻に敷かれる存在になるように膳立てする
 家族もちの男を、確実に息子に正しい社会訓練と態度を身につけさせて成長させる
 ように躾けなければならない。広告メディア等は、父になるべき男が結婚する以前
 、少なくとも結婚するまでには、尻に敷かれる存在になるように膳立てすることに
 かかりきっている。彼は教えられる、自分は自分用に打ち込まれた社会のクサビに
 順応するか、性生活の両脚を縛りつけられるかであることを、そして、やさしい仲
 間づきあいはゼロになることを。彼は見させられる、女たちは論理的、原則的で尊
 敬に値する行動よりも安定を要求するものだということを。息子が戦争に行く時ま
 でに、父親(骨抜きにされてクラゲのようになっている)は、自分の同僚たちに非
 難の目を向けられないうちに、また、彼個人の意見や自尊心の殻を破って偽善者と
 ならないうちに、息子の手に銃を渡すだろう。息子は戦争に行くか、父親が当惑す
 るか。それでも息子は戦争に行くだろう、戦争の真の目的がどこにあるのかを知ら
 ずに。<実施のファクター>

●順応性を植えつけるには育児センターを運営しなけれはならない
 このような順応性を達成するためには、下層階級の家族を両親の共働きが増える過
 程で分解し、面倒を見る人間がいないみなし子たちを、政府機関が日常的に世話す
 るセンターを運営しなければならない。<エネルギー>

●洗脳教育は早いうちから行うほど良い
 生まれたての子どもをもつ女は、幸福で目が輝きすぎて、富者の大砲の材料も奴隷
 労働の安価な源泉も見分けがつかない。しかしながら、女は、遅かれ早かれやって
 くる「現実」の変移を受けいれることに慣らされなければならない。その変移には
 どうにも処し切れなくなるほど、家族という単位をとことん破壊しなければならず
 、国家は公教育をコントロールし、国営の保育センターをさらに増設し、父母が子
 どもを早い時期からそこへ〝派遣〟させるよう義務づけなければならない。洗脳教
 育は早いうちから行うほど、子どもたちの変移の速度を(強制的に)上げることが
 できるのである。<実施のファクター>

     陽動作戦

●混乱あれば利益あり、さらなる混乱あればさらなる利益あり
 一般原則は、混乱あれば利益あり、である。さらなる混乱あれば、さらなる利益あ
 り、である。それゆえ、最上のアプローチは問題を作り出し、その解決を示すこと
 である。<陽動作戦‥基礎戦略>

●一般大衆に経済学と他のエネルギー科学との関係を学ばせてはならない
 このような[世界経済を管理する]王者となるべく、われわれは少なくとも一つの
 目標は達成しなければならない。すなわち、一般大衆に、経済学と他のエネルギー
 科学との論理的・数学的な関係あるいはその知識を適用することを学ばせないこと
 である。<要約>

●先進的に見える不必要な経済学書を氾濫させる
 経済理論上の問題はきわめて容易にエレクトロニクス上の問題に置き換えて処理し
 、その結果を経済に戻すことができたので、最終的には、必要な経済用語を翻訳す
 る手引き書が一冊あればいいというだけとなった。その他のことは、数学とエレク
 トロニクスの通常の研究から得ることができた。このことは、先進的に見える不必
 要な経済学書を氾濫させ、プロジェクトの機密を守ることを容易にさせる。<経済
 的モデル>

●実際には少しも重要でないことに大衆の気をそらせる
 新種の個人的プログラマ/経済人が、一九四八年にハーバード大学が始めた作業の
 結果に気づくのは時間の問題である。かれらが気づいたことについて一般大衆とコ
 ミュニケートできる速さは、ひとえに、われわれがいかに効果的にメディアをコン
 トロールし、教育を破壊し、実際には少しも重要でないことに大衆の気をそらせる
 かにかかっている。<要約>

●機密を保護する単純な方法は大衆を重要でないことに引きつけておくことである
 沈黙の兵器の機密を保護し、大衆コントロールをかちとる最も単純な方法は、一方
 で大衆には基礎的なシステム原則を知らしめないようにし、他方で大衆を混乱させ
 、無秩序にさせ、ほんとうは少しも重要でないことに引きつけ続けておくべきだと
 いうことは、経験にてらして証明されてきた。このことは、次のことによって達成
 される。すなわち・・(1)公共教育では、数学、論理学、システム設計ならびに
 経済学などは程度の低いプログラムを植えつけ、技術的創造を妨げることによって
 、かれらの精神を武装解除させ、精神的行動をサボタージュさせる。(2)次のこ
 とによって、かれらの感情を解放してやり、かれらの我がまま勝手と、感情的・肉
 体的な活動の中に放縦さを増してやる。
 1メディア・・特にテレビと新聞・・を通じて、セックス、暴力と戦争を集中砲火
  で浴びせ続け、毅然と立ち向う感情を軟化させる(心的・感情的にレイプする)。
 2かれらが欲するものを与えて・・過剰に・・思考に「カロリーが高いがまずい食
  品」・・かれらが真に必要とするものを奪いとる。
 3歴史や法律を書き変え、大衆を変質者が作り出したもののとりこにさせる。
 このようにしてこそ、かれらの目や心を、その人間にとって必要なことよりも、自
 分とは無関係なでっちあげたものごとへ逸らさせることができる。<陽動作戦‥基
 礎戦略>

●陽動作戦を要約すれば・・
 メディア…成人大衆の関心を真の社会問題からそらさせ、少しも重要でないことに
 縛りつけ続けよ。学校…青年大衆には、真の数学、真の経済学、真の法律ならびに
 真の歴史については無知のままにさせ続けよ。娯楽…大衆娯楽は小学校六年の水準
 以下にとどめ続けよ。労働…大衆を、考える時間もないほど、忙しく、忙しく、ひ
 たすら忙しくさせ続けよ。ほかの動物ともどもに農場に戻れ、である。<陽動作戦
 の要約>
『シオンのプロトコール』(ユダヤ長老賢人の議定書)より



     破壊と支配

●暴力とテロリズムは最良の支配方法である
 悪い本能をもった人間の数は、善い人間の数をはるかにしのぐ……かれらを統治す
るには、学者ふぜいの論議によってではなく、暴力とテロリズムによって達成するこ
とが、最良の方法である。
<一>

●全土に騒乱と混乱と敵愾心を起こさなければならない
 ヨーロッパ全土、また、ヨーロッパとの関係を通じて他の大陸にも、われわれは騒
乱と混乱と敵愾心を起こさなければならない。そのことは、われわれにとっては二重
の利益がある。<七>

●われわれから生れるものはすべてを巻き込み行く恐怖である
 われわれから生れるもの、それはすべてを巻き込み行く恐怖である。帝政復興主義
者、煽動家、社会主義者、共産主義者、あらゆる種類のユートピア夢想家といったあ
らゆる意見、あらゆる主義の人物たちがわれわれの用を勤めている。われわれはかれ
らを利用して、あらゆる労役を課している。かれらの一人一人が、権威の最後の残党
まで叩き潰さんがために、現在秩序を転覆させることに燃え上がっている。これらの
行動により、全世界の国々が拷問を受けている。各国政府はもう止めてくれと手すり
足すりし、平和のためならどんなことでも代償に出すからという気になっている。だ
が、われわれは、かれらが心底からわれらに服従し、率直にわれらの国際的超政権を
受け入れるまでは、平和を与えるわけには行かない。<九>

●われわれはゴイムから生命を奪うことに関心を寄せている
 われわれは、労働者にわが戦列・・社会主義者、無政府主義者、共産主義者・・に
加わるよう提案し、振りかかる圧迫からかれらを救出する救世主を買って出る。われ
われは、われらがメーソン員が言われなく唱えた(人類団結という)兄弟の定めどお
りに、一貫して主義者たちを支援している。貴族は、法律によって労働者が提供する
労働の恩恵を受け、労働者たちがよく食べ、健康で、強壮であるかどうかに関心を払
っていた。われわれは全く反対のこと・・劣化、ゴイムから生命を奪うこと・・に関
心を寄せている。<三>

●われわれは仮面をつけている
 ゴイムに真相をさとられないようにするために、われわれは仮面をつけて、われら
の経済学説が精力的に宣伝する偉大な政治経済原理のもと、いかにも労働者階級に役
立つかのように情熱を傾けて説き伏せるだろう。<六>

●いつの時代でも人民は言論と行動とを混同してきた
 いつの時代でも世間の人民は、個人も同様であるが、言論と行動とを混同してきた。
競技場で見ることに満足しているが、約束されたことが実行されているかどうかを考
えてみようとする者はめったにいなくて、もっぱらショーを見るだけで満足してい
る。。そこでわれわれは、人民の利益が進歩に向っていると声高く証明するショー団
体を作るだろう。<五>

●人民は〝反対〟というものを喜ぶ
 愚にもつかぬものではあっても反対とか批判とかはありうるし、うわべのことにし
か理性の力が働かない人民は、反対ということを喜ぶものである。かかる場合に、健
全で論理的な精神が、道理の通った助言や議論の助けをかりてうまく大衆を導く希望
をもてるのだろうか? もっぱらあさはかな情熱、つまらない信念、習慣、伝統、感
傷的な理論だけに囚われている間違いだらけの人々は党派根性にとらわれる。そうな
ると、完全に理の通った議論を基にしたどんな合意をも妨げる。<一>

●群衆や個人を支配する技術はわれわれにある
 巧妙に仕組まれた学説と詭弁により、社会生活の制約やその他ありとあらゆる方便
により、あるいは、ゴイムにはまるで解らない手段を動員して群集や個々人を支配す
る技術は、他の技術と相並んでわれらが支配の中枢である専門家がもともと手中にし
ていたものである。分析、観察、精緻な計算に育てられ、この種の熟練技術に関して
はわれわれには肩を並べる者がいないこと、練り上げられた政治行動と固い結束のど
ちらかではわれわれの競争相手がいないのと同じである。いるといえば、イエズス会
だけはわれわれと比べられるだろうが、われわれは無分別な群集の目には見える組織
として存在するとは信じられないように工夫してきた。その裏でわれわれは終始一貫
秘密の組織を維持し続けてきた。<五>

●ほどなく混乱と破綻があまねく広がるであろう
 権力を追い求める者たちを煽動して権力を誤用させるため、われわれは、すべての
勢力を相対立させ、独立を得ようとする自由主義傾向を鼓吹するように仕向けてきた。
この目的に向って、われわれはどんな形の企てでも指嗾教唆し、あらゆる政党に戦闘
準備させ、どんな野望の目的をも権威に対して向けるようにさせた。国家というもの
を、われわれは混乱した問題の大群が争乱する競技場と化せしめたのである……ほど
なく、混乱と破綻があまねく広がるであろう。<三>

●秩序破壊の跡にイスラエル王が王座に就く
〝神に選ばれた者〟は、理性ならぬ本能によって、また人間性ならぬ獣性によって動
くばかげた力を粉砕すべく天から下される。この力は今は自由の原理という仮面をつ
けて略奪とあらゆる種類の暴力をはたらき凱歌を挙げているが、この力が秩序破壊の
跡にイスラエル王を王座に据えるのである。だが、かれらの役割は王が王国に入った
その瞬間に終る。王国の路からは、その残骸の一片すらも残さないように一掃される
必要がある。<二十三>

●宗教的・人種的憎悪によって対立反目応報を繰り返させる
 われわれは、ゴイムを宗教的・人種的憎悪によって個人も国民も対立反目応報を繰
り返すように仕組んだ。このことを過去二千年にわたって営々と積み重ねてきたので、
手が付けられないほど劇しいものになっている。これが、われらに腕を振り上げたと
しても、支持してくれる国はどこにもただの一国もない理由である。われわれに対抗
する同盟を結べば自分が不利になることを、どの国も肝に銘じているからである。
<五>



●自分がどこにいるのか見当がとれない有様にさせることが秘訣である
 統治に成功するのに必要な第二の秘訣は……広い範囲にわたり国民の欠点、習慣、
情欲、市民生活の状態を増殖させ混沌に陥れ、その中にあっては自分がどこにいるの
か見当がとれない有様にさせると、その結果、人民相互の理解ができなくなる。これ
こそ別の意味でわれらにとっては有利なこととなる。すなわち、諸党派の中に軋轢の
種子を蒔き、まだわれわれに従わおうとしない集団を撹乱し、どの程度のものであれ
われわれの仕事を妨害するような個人の企てに対して片っ端から気勢をそぐことにな
るのである。<五>

●個人の企てはまたとなく危険である
 個人の企てほどまたとなく危険なものはない。その裏に天才があろうものなら、こ
のような企ては、われわれが軋轢の種子を蒔いた人民何百万人にも勝る力を持つので
ある。<五>

●非難によって大衆を意気阻喪させよ
 われわれの役員会が採択している原理に次のことがある。非難によって大衆を意気
阻喪させること、抵抗心をかき立てるまじめな思考をさせないようにすること、心の
力を空理空論の論争にそらさせること。<五>

●創意は直ちに摘みとれ
 われわれはゴイム社会の教育を指導する際には、かれらが何か創意を示す徴候があ
れば、いつでも気力を失って絶望してしまうように仕向けなければならない。自由奔
放な活動というものは、別の自由奔放さに出会うと無力になる傾向がある。衝突する
と、容易ならぬ精神的打撃、失望、意気消沈が起こる。これらありとあらゆる手段を
駆使して、われわれはゴイムを疲労困憊させたあげく、国境を越えた現実の力をわれ
われに提供せざるをえなくするだろう。<五>

●われらの手中にある武器は、貧欲、復讐、憎悪と果てしなき野望である
 しかるべき時に、われわれは法律を作り、裁判と宣告を行う。われわれは生殺与奪
を実行する。われわれは全軍の先頭にあって、指導者の軍馬にまたがる。われわれは
意志の力で支配する。なぜならば、かつて権力を握っていた党派の残党も、今やわれ
われに屈伏しわれわれの掌中にあるのである。われらの手中にある武器は、貧欲、容
赦なき復讐、憎悪と敵意に燃える、果てしなき野望である。<九>

●武器は貧困と嫉妬と憎悪である
 飢えが引き起こす貧困と嫉妬と憎悪によって、われわれは群集を動かし、かれらの
手を使ってわれらが行く手を阻む者すべてを掃討するであろう。
 全世界王が王冠を戴く時が至れば、同じ方法を用いて障害となるものをことごとく
一掃するであろう。<三>

●人民を武装解除させることは戦争に赴かせることよりも重要である
 今日では、人民を武装解除させることは、戦争に赴かせることよりも重要である。
さらに重要なことは、われわれの都合からいえば、人民の焔を抑えることよりも燃え
上らせることである。さらに重要なことは、他人の考えを根絶するよりは、その考え
をすばやく掴みとりわれわれに都合がよいように翻案することである。<五>

●物欲は独創性を麻痺させる効果がある
 われわれの勝利をいっそう容易ならしめた事実がある。好ましい人物たちとの関係
を保つことによって、われわれは常に人間の心の琴線に触れ、金銭欲に、貪欲に、人
間のあくことをを知らない物質的欲望に働きかけた。言うまでもなく、これら人間の
弱点のひとつひとつには、独創性を麻痺させる効果がある。この弱点のゆえに、かれ
らの行為に金を出してくれる人間に、自分の意志の最終決定をゆだねるのである。
<一>

●われわれは奢侈に対するあくなき欲望をつのらせるだろう
 ゴイムの産業を完全に滅亡させるには、投機の助けを借りて、われわれがゴイムの
間で盛んにしてきた奢侈、何もかもを呑み込んでしまう奢侈に対するあくなき欲望を
つのらせるだろう。しかしながら、われわれは労働者には好都合にならない程度に賃
金の上昇をはかるだろう。同時に、農業や家畜飼育が駄目になったから上がるのだと
いう理由を付けて、生活必需品の価格をあげるだろう。われわれはさらに進んで、労
働者を混乱浸し酒漬けにし、それに加えるに、ゴイムの頭の良い者たちをすべてこの
世から根絶すべくあらゆる処置を講じ、生産の根源力を巧みに深く蝕むだろう。<六>

●ゴイムの若者たちをこうやって堕落させた
 われわれは、ゴイムの若者たちに、われわれには嘘と解っている主義や学説を注入
することによって、かれらを翻弄し困惑させ堕落させてきた。<九>

●他人よりも優位に立とうとする闘争は……
 他人よりも優位に立とうとする激烈な闘争と、経済生活に加えられた打撃とは、薄
情冷酷きわまりないな社会を生み出すだろう……社会は、政治・宗教など高度のもの
に対する反発を強めるだろう。<四>

●自分個人が第一という考えを全員に植え込む
 自分個人が第一という考えを全員に植え込むことによって、ゴイムの家族主義や家
庭教育尊重心を粉砕し、癖のある考え方の人間は引き離して一掃してしまう。<十>

●思考力を人間から切り離すことは極めて有益な手段である
 思考力を人間から切り離すということは、過去長い時間をかけて、われわれが導入
してきた極めて有益な手段である。思考力を抑制する手段はすでに、いわゆる実物教
育[百貨店は万国博におけるデモンストレーションを指す]という方法で実行されて
いる。この方法によりゴイムは、目に見えるものだけを頼りにして理解し、物を考え
ない従順な動物にさせられている……フランスでは、われわれの最良の代理人である
ブルジョアジー諸氏が、すでに実物教育の新しい計画を実地に移している。<十六>

●ゴイムの心から神の摂理と霊魂なるものを引き離す
 われわれは信仰という信仰をむしばみ、ゴイムの心から神の摂理と霊魂なるものを
引き離し、代わりに損得勘定と物欲を入れることが絶対不可欠なのである。<四>

●キリスト教が完全に破壊されるのはここ数年のうちに過ぎなくなった
 今や日一日と、世界の人民に対するかれら[ゴイム僧侶]の影響力は低下しつつあ
る。信教の自由ということが至る所で喧伝されたので、今やキリスト教が完全に破壊
されるのはここ数年のうちに過ぎなくなった。ほかの宗教に至っては、骨抜きにする
のは更に容易であるが、今この問題を論ずるのは時期尚早であると思う。われわれは
聖職者重視の教権主義や聖職者たちの力を、以前かれらが華やかなりし頃に持ってい
たのとは比べものにならないほど狭い枠に押し込めるであろう。<十七>

●われわれは法王庁の擁護者を装って進み出る
 決定的に法王庁を破壊する時が来れは、見えざる手の指が各国民に法王庁を指さす
であろう。しかしながら、国民がそれに襲いかかろうとしたら、あたかも過度の流血
を防がんとするかのように、われわれは法王庁の擁護者を装って進み出る。この転換
によって、われわれはかれらの深奥にまで足を踏み入れ、間違いなくかの最強部を腐
食し切るまでは二度と出て来ないであろう。<十七>

●われわれの王国ではわれらの宗教以外いかなる宗教の存在も許さない
 われわれが王国を築く時は、われらの唯一神宗教以外いかなる宗教の存在も許さな
い。われわれの運命は選民としてのわれわれの地位によりその唯一神と結びつき、そ
のわれわれの運命は神を通じて世界の運命と結び付いているのである。ゆえに、われ
われ以外のあらゆる形態の宗教を一掃する。<十四>

     自由・平等・進歩・権利

●「自由・平等・友愛」を叫んだ最初の人間はわれわれであった
 はるか以前の時代にさかのぼれば、われわれは人民群集の中にあって「自由・平等・
友愛」という言葉を叫んだ最初の人間であった。以来、幾度となく愚かなオウムたち
が四方八方からこの餌に群がり集まり、世界の福利と、以前は群集の圧力に対してよ
く保護されていた個々人の真の自由を、この餌をもって破砕し去った。<一>

●「自由・平等・友愛」がわれわれの勝利を助けてくれた
 地球のいたる所で、われらの盲目の代理人たちのおかげで、「自由・平等・友愛」
という言葉が、われらの旗を熱狂的にかざす大群を、われわれの隊列に引き入れてく
れた。これらの言葉はまた常に、ゴイムの福利に穴をあけ、いたる所で平和、安寧、
協同に終止符を打ち、ゴイムの国家の基礎を破壊する生きたエダシャクトリ[果樹の
害虫]であった……このことがわれわれの勝利を助けた。<一>

●ゴイム知識人は「自由・平等」からは何も作りだせなかった
 ゴイムのうちの賢者になりたがり屋ども、知識人たちは、もともと中味のないこれ
らの言葉[自由・平等・友愛]から何も作りだすことができなかった。……どこをど
う見ても平等はなく、自由などありえず、自然そのものはその掟に従わせるように作
られているのと全く同じく、気質、性格、能力が不平等に作られていることを見なか
った。<一>

●「自由」なる言葉は神や自然の掟に対してまで闘争させる
「自由」なる言葉は、さまざまの人間集団に、あらゆる種類の権力、あらゆる種類の
権威、さらには神や自然の掟に対してまで闘争することに入らせた。このため、われ
われがわれらの王国を実現したあかつきには、群集を血に飢えた獣に改造する暴力的
概念であるこの言葉を、われわれは、目に触れる辞書からは抹殺するであろう。
 獣たちは血をたらふく呑んで腹がふくれると眠り込むので、鎖につなぐのはいとも
たやすいというのは事実である。だが、血を呑まさなければかれらは眠らず、引き続
き闘争を続けるであろう。

●人民を無秩序な群集に一変させるには自由を与えるだけで十分である
 自由思想は誰ひとりとしてほどよい使い方を知らない。ゆえに、実現不可能である。
人民を無秩序な群集に一変させるには、かれらに一定期間自治を与えるだけで十分で
ある。与えた瞬間から、共食い闘争が勃発し階級間戦争に発展し、その真っただ中で
国家は焔に包まれて炎上し、かれらの権威は一山の灰燼に帰するであろう。<一>

●アナーキーは野蛮の最高の段階である
 群集は野蛮人であり、ことごとくの機会にその野蛮さを発揮する。群集は自由を手
にしたとたんにいち早くアナーキーに転ずる。アナーキーそれ自体は野蛮の最高の段
階である。<一>


●自由や平等は人間の本性にある破壊的な原理である
[われらの王国を築いた暁には]われわれは明白にする、自由とは放縦ではないこと
を、人間の品位とか力とかには自堕落が含まれていない以上に自由とは抑制の利かな
い権利は含まないことを、良心の自由や平等その他これに類するものは人間の本性に
ある破壊的な原理であることを万人に公表し、個人の自由とは決して無秩序な群集の
前で言語同断な言説を弄して煽動することではないことを。真実の自由とは、社会の
法律には敬虔に厳しく従う人の不可侵性にあること、人間の尊厳とは権利意織に包ま
れてはいるが同時にいかなる権利意織ももたぬものであること、そして自分勝手な空
想を実現しようとすることは決して許されないことを。<二十二>

●自由の権利は人間性に拷問をかける
 われわれは最もはっきりとした口調で、ゴイム政府が犯した過ちを描いてみせるで
あろう。われわれがかれらに対する嫌悪の情をそそるので、人民は、かの自由を振り
回す権利などよりも、農奴制のような状態でよいから安穏の方を好む。自由の権利は、
人間性に拷問をかけ、まさに人間存在の根源を疲弊させ、人民は自分が何をしている
のか解っていない一群のこすからい山師たちの餌食となったのである。<十四>

●飲酒や性的堕落はわれわれが手ほどきしたものである
 飲酒で馬鹿になりアルコール漬けになった動物どもを見よ。自由がかれらに節度な
き飲酒の権利をもたらしたのである。それはわれわれやわれわれ一族の歩む道ではな
い。ゴイム々はアルコール飲料に酔いしれ、かれらの若者たちは因習陋習とごく若い
うちから性的堕落に痴呆状態となって成長する。その性的堕落は、われわれの特別な
代理人・・富豪の邸宅の家庭教師、下男、女性家庭教師によって、書記その他によっ
て、しばしばゴイムの娯楽場にいるわれらの女性たちによって手ほどきされた。かれ
ら代理人の最後に、私は、頽廃と奢侈に他の者たちを引き込む尖兵である、いわゆる
「社交界の貴婦人たち」も入れておく。<一>

●権力に対する悪口雑言はすべての制度を転覆させる最後の一太刀となる
 あとからあとから出てくるおしゃべり屋たちが、議場と行政会議の場を討論会場に
変えてしまった。向う見ずなジャーナリストと破廉恥なパンフレット屋が毎日のよう
に政府当局を攻撃する。権力に対する悪口雑言はすべての制度を転覆させる最後の一
太刀となり、ことごとくが狂乱した群集のめった打ちに会って空中に吹き飛ばされる
であろう。<三>



●自由思想の使い方を知らなければならない
 政治的自由は単なる思想であっていささかも事実ではない。が、政権をもっている
党派を粉砕すべく、この思想を餌として人民大衆を自陣に引きつける必要があれば、
その撒き方や使い方を知っていなければならない。その際、相手方が自由思想、いわ
ゆるリベラリズムに感染していれば、そして、思想のためになら喜んで全力を投げう
つつもりがあるならば、仕事はさらにやりやすくなる。<一>

●われわれの政府が承認されると自由主義者や空想論者の役割は終る
 われわれの政府が承認されると、自由主義者、空想論者の役割は最終的に終る。そ
の時まで、かれらはたっぷりとわれわれに奉仕し続けてくれる。そのために、われわ
れはかれらの頭をあらゆる種類の空疎な内容の空想的理論、今では進歩的と呼ばれる
理論の方に引っ張り続けている。<十三>

●「自由、平等、友愛」はわれわれの王国では標語としては使わせない
 リベラルな言葉、われらがメーソンの標語として効果の高い「自由、平等、友愛」
は、われわれの王国が到来した暁には、もはや標語としては使わせず、「自由の権利、
平等の義務、友愛の理想」というふうに単なる理想主義を表現したものに変える。こ
れがわれわれのやり方・・牛は角を捕えよ・・なのである。<九>

●〝自由〟とは法律で許されたことをする権利である
〝自由〟という言葉には、いろいろの解釈があるが、われわれは次のように定義する
・・自由とは法律で許されたことをする権利である。この定義は通常はわれわれだけ
に役立つ定義である。なぜならば、法律というものが前に述べた計画に従って、われ
われが思いのままに作ったり廃止したりできるものであるから、およそ自由と名の付
くものはすべてわれわれの手中にある。<十二>

●平等思想が一番下の思想であることは動かない
 平等思想は自然法則にもとるものであって、平等思想が一段下の思想であることは
動かないところなのである。

●進歩思想は限度というものを弁えなかった
 進歩思想は、あらゆる種類の解放運動を激励してきたが、限度ということを弁えな
かったのである……いわゆる自由主義者は、実際はともかくとしても思想に関しては
例外なく無政府主義者である。自由主義者のどの一人も自由のお化けを追い求め、ま
っしぐらに放縦に、すなわち、反対のための反対という無政府主義に陥っている。
<十二>

●人々は階級と身分に分かれなければならない
 人々は階級と身分に分かれなければならない……人間活動の実際にはさまざまな差
異があって、平等などというものはありえず、なんらかの行為で階級全体に累を及ぼ
す者と、自分自身の名誉を傷つけるだけの者とは、法律の前では平等の責任を負うは
ずがないということは、万人が心得ておくことが肝要である。<三>

●真理は一つでありそこには〝進歩〟が入り込む余地はない
 われわれはゴイムの空っぽ頭を進歩転換させることに成功したことはなかった。ゴ
イムの中には、物質的発明の問題ではない所で進歩を追い求めたところで真理からは
遠ざかるばかりだということが判る人間はいないのである。なぜなら、真理は一つで
あり、そこには進歩が入り込む余地はないのである。進歩、それは誤った推論に基く
思想のようなものであり、神の選民であり、真理の保管人であるわれわれの外には何
びとも知らない真理を覆い隠すのに役立つ。<十三>

●権利にはなんら具体性はない
 われわれの権利は力の中に横たわる。〝権利〟なる言葉は抽象的な思考であって、
なんら具体性はない。その言葉は次のことを意味するに過ぎない・・わが欲するもの
を我に与えよ。我が汝らよりも強きことを証せんがために。権利はどこから始まるか?
どこで権利は終るか? 権威の仕組が薄弱で法律が空疎であり、リベラリズムの乱用
により権利を乱発し支配者たちが脆弱となった国家ならどんな国でも、私は新たなる
権利を行使できる・・強者の権利によって打撃を与え、既存の秩序と法規の一切を粉
砕し、すべての機構を再構築し、リベラリズムの中で放棄されてわれわれに残された
かれらの権威ある権利を継ぐ王者となる。<一>

●憲法に書き込んだ大衆に関する権利は虚構である
 なべての人民は、奴隷や農奴として縛り付けられていたかつての時代よりもきびし
く、貧困なるがゆえに重い労働の鎖につながれている。なんとかしてかれらはこの束
縛から逃れようとするかも知れないが、この重荷を取り除くことはできず、決して貧
困からは脱却できない。われわれが憲法に書き込んだ大衆に関する権利というような
ものは、虚構であって実際に使える権利などではない。いわゆる「人民の権利」なる
ものは、単なる観念、実際生活では決して実現されるはずのない観念としてのみ存在
することができる。<三>

●信仰心を奪い権利思想を植えつける
 人民が王は神の意志を純粋に体現した者だと見ていた時代には、なんの不平不満も
鳴らさずに王の専制権力に従った。だが、人民には権利というものがあるという考え
をわれわれがかれらの心に植えつけてからは、かれらは王座に座る者を単に普通の人
間とみなし始めた。〝神権による王〟の聖油は人民が見ている前で王たちの額から消
えうせてしまい、われわれが人民から信仰心を奪った時に、権力の強力な力は飛び散
って公共の所有権となり、われわれがそれを押収したのである。<五>

     ゴイム(非ユダヤ人)

●〝科学が説くところでは〟をゴイムに信じ込ませておこう
 かれら[ゴイム]には、われわれが〝科学が説くところでは〟(学説)と吹きこん
だことを後生大事にいつまでも守らせておこうではないか。われわれが一貫して、新
聞を通じて、声を大にしてそれらの学説を盲信させているのは、そのことが目的であ
る。ゴイムの知識人たちはかれらの知識にいい気になり、論理的検証を行なうことな
く科学から得た知識すべてを信じこむだろう。その知識たるや、われらの代理人団た
る専門家が、ゴイムの心魂を手なづけてわれわれが望む方向におもむかせんがために、
巧みに断片を寄せ集めたものなのである。<二>

●われわれはダーウィン主義、マルクス主義、ニーチエ主義を仕掛けた
 ここに述べたことは根も葉もないことであるとは、瞬時たりとも考えないでいただ
きたい。われわれが仕掛けたダーウィン主義、マルクス主義、ニーチエ主義が、いか
に功を奏しているかに注目していただきたい。われらユダヤ人にとっては、少なくと
も、これらの指導者たちがゴイムの心魂に及ぼしたことどもを直視すれば、事は明白
であるはずである。<二>

●ゴイムは偏見なく歴史的観察を実際に適用することがない
 諸氏もご存知のように、これらわれらの専門家たちは、歴史の教訓や一瞬一瞬の現
実の出来事の観察から、われらの政治計画に必要とする知識を体得しているのである。
ゴイムは偏見なく歴史的観察を実際に適用することなく、一連の結果に厳しい批判を
加えることなく空理空論に走る。ゆえに、われわれはかれらに一顧も与える必要もな
い・・時が一撃をくらわせるまで楽しませてやろうではないか。過去の栄光に新しい
形を与える希望に生きさせてやろうではないか。古き良き思い出にひたらせてやろう
ではないか。<二>

●ゴイムが明きめくらだからわれわれの成果が約束されている
 こんなにもわれわれがかれらを明きめくらにさせられるというのは、ゴイムの頭が
われわれと比較してお粗末である証拠、それも明々白々の証拠ではないだろうか。わ
れわれの成果が約束されているのは、主にこのためである。<十五>

●ゴイムの底無しの無気力さがわれわれの今日をあらしめた
 今日われわれは多国家にまたがる勢力として無敵である……ゴイム人民の底無しの
無気力さ、権力の前には腹這いになって這いつくばるが弱者には無慈悲、他人の過失
には厳しく罪悪には寛容、自由社会制度の矛盾は認めようとしないが思い切った専制
者の強圧に対しては殉教者のように耐える・・われわれの今日をあらしめたのは、
[ゴイムの]それらの特徴に助けられたところが多い。

●ゴイムの生きがいは金を集めることである
 かれらの生きがいは唯一、利益、すなわち金を集めることである。かれらは金があ
れば手に入る物質的喜びを求めて、まぎれもなく拝金教徒と化すだろう。次いで時至
れば、高尚な目的のためでもなく、また、富を得んがためですらなく、ただただ特権
ゴイム憎しのために、ゴイムの下層階級は権力をめぐるわれらの競争相手、ゴイムの
知識人たちに逆らってわれらの指導に従うであろう。<四>

●ゴイムはやたらと自説に固執し自説の一時的満足にしか頭が回らない
 ゴイムは、通常、かれらの考えを実行する際に、やたらと自分の説に固執し、自説
の一時的満足にしか頭が回らない。しかも、その自説たるや、われわれがかれらに吹
き込んだものであって、本当に自分が考え出したものではないことに気が付きもしな
い。<十五>

●ゴイムは成功さえできれば計画はどうなっても構わないと考えている
 際立ってわれわれは計画を実行さえできれば成功不成功を問わないのに、際立って
ゴイは成功さえすれば計画はどうなっても構わない。このようなかれらの心理のおか
げで、われわれは大いにやすやすと思うがままにかれらを操れる。かれらは見た目に
は虎だが中味は羊であって、風が通り抜けて行く頭の持主なのである。<十五>

●われわれの大盤振舞いはゴイムの鼻持ちならぬ自惚れを利用するためである
 ゴイムは、物好きからか、あるいは、大きなパイに一口あずかる手段としてメーソ
ンに入ってくる。中には、実現不可能な根も葉もない夢想を実現させるために、耳よ
りな情報を仕入れようとして入ってくる者もいる。かれらは成功と拍手喝采に飢えて
いるが、その成功や拍手喝采こそは、われわれが気前よく振る舞ってやつているので
ある。われわれがそういう大盤振舞いをするのは、かれらが持っている鼻持ちならぬ
自惚れを利用するためである。<十五>

●ゴイムに考えたり留意観察したりする暇を与えてはならない
 ゴイムに考えたり留意観察したりする暇を与えないためには、かれらの気持を工業
や商業に向き放しにさせなければならない。そうしてこそ、国民という国民が利益追
求に没頭し、そのあげくにかれらの共同の敵に気をとめなくなるだろう。<四>


     力と偽善

●フランス革命を「大革命」と名付けたのはわれわれであった
 フランス革命を想起していただきたい。それを「大革命」と名付けたのはわれわれ
であった。その準備が秘密裡に行われたことを、われわれは熟知している。あの革命
は全面的にわれらの手で遂行した一大事業であったのである。

●国家滅亡の時こそわれらの出番である
 国家が内乱によって消耗するか、内部不一致のために外敵の手中に落ちるかでは・
・どのみち、その国は回復できず滅亡するほかはない。その時こそ、われらの出番で
ある。完全にわれわれの手中にある資本の専制力が、その国に救いの藁を差しのべる
と、否応なくかれらはそれに縋りつかなければならない。拒めば・・底に沈むのであ
る。<一>

●われわれの到達目標
 軍事力増大と警察力強化・・この二つを欠いては、前述の計画を完成させることは
全くできない。われわれの到達目標は、われわれを除いては、世界のすべての国家に
は、プロレタリアート群集とわれわれの利益に奉仕する少数の百万長者と、警察官と
兵隊たちだけがいればよろしい。<七>

●われわれはあと数歩で目標に到達せんとしている
 今日、われわれはあと数歩で目標に到達せんとしていると言ってよい。横切るべき
空間はあとわずかを残すのみであり、われわれが歩んできた長い道のりは、今まさに
象徴の蛇の輪を閉じようとしている。その蛇は、わが民を象徴している。この輪が閉
じられるとき、ヨーロッパのすべての国家は強力な万力によって締め上げられるので
ある。<三>

●われわれの合い言葉は力と偽善である
 われわれの合い言葉は・・力と偽善である。……力のみが政治的諸問題を克服する。
暴力は原則でなければならず、新権力の代理人の足もとに王冠を置こうとしない政府
に対しては欺瞞と偽善が鉄則でなければならない。この悪は終局である善に達するた
めの手段にすぎない。それゆえに、われわれは、目的達成のために役立つときは、贈
収賄、詐欺、裏切りをためらってはならない。政治の上では、支配権を握って屈伏さ
せるためならば、躊躇なく他人の財産を奪い取る方法を知っていなければならない。
<一>

●われわれの義務としても暴力と偽善による計画を保持する
 平和的な征服の道を進んでいるわれわれの国家は、盲目的な服従を強いるために恐
怖を維持する必要から、目につかないけれども効果のある死刑宣告をもって戦争の恐
怖にとって代える権利をもっている。仮借ない厳しさだけが、国家の強さを見せつけ
る最大の力である。単に利益を得るためのみならずわれわれの義務としても、また、
勝利のためにも、われわれは暴力と偽善による計画を保持し続けなければならない。
<一>



●報復は厳格な教義である
 報復主義は使われる手段と同じく、有無を言わさず強力である。それは手段そのも
のであるというよりも、われわれが勝利し、すべての政府をわれらの超政府にひざま
づかせる厳格な教義なのである。われわれは容赦なく不服従というものを根絶するこ
とを、十二分に思い知らせる。<一>

●善とか道徳にはこだわらない
 すべての形態の権力が動揺している現在、われわれの権力は、他のいかなる権力に
もまして目に見えないであろう。いかなる狡猾な者もくつがえせない強さに到達する
瞬間まで、われわれの権力は表面には現われないからである。われわれが目下用いざ
るをえない一時的な悪から、確固たる支配という善が顕現する。この善は、自由思想
によって形無しにされた国民生活の仕組を平常の状態に修復するだろう。結果は手段
を正当化する。しかしながら、われわれの計画においては、必要と有効なこと以上に
は、善とか道徳とかにはこだわらないことに留意しようではないか。<一>

●道徳で統治する支配者は練達の政治家ではない
 政治は、道徳とは全く関係がない。道徳で統治する支配者は練達の政治家ではない
から、彼の王座は動揺する。支配したいと思う者は・・われわれが所有する新聞に感
謝する・・気付かれぬように欺瞞と偽善との双方を用いなければならない。率直とか
正直とかのような、偉大な国民資質と称されるものは、政治にとっては悪徳である。
それらは支配者を王座から転がり落とすのに効果あるもの、最も強力な敵よりも確実
な破壊力をもつものなのである。そのような資質は、ゴイムの王国の属性でなければ
ならないが、われわれは決してかれらの轍を踏んではならない。<一>

●盲人が盲人を導けば奈落に落ちこむ
 満足すべき行動を練りあげるためには、群集の狡猾さ、だらしなさ、情緒不安定、
かれらの理解力の欠如を考慮に入れ、かれら自身の生活状況、あるいはかれら自身の
福利を顧慮する必要がある。群集の力は、盲目的であり、愚かしく、何かからの暗示
にかけられるがままに動き、道理をわきまえないということを理解しなければならな
い。盲人が盲人を導けば奈落に落ちこむのは必然である。群集の何人かが天才的な賢
者であったとしても成上がり者であり、政治を理解することはできず、指導者として
前を進めば全国民を滅亡の淵に落としこむのは必然である。<一>

●群集の解決というものは偶然の結果か表向きの多数決によるものである
 群衆の解決というのはどれも偶然の結果か、表向きの多数決によるものであり、政
治の裏を知らずに管理の中にアナーキーの種子を蒔くという奇妙な解決を出航させる。
<一>

●人民の政治は自滅するのが関の山である
 人民が人民に任せれば、すなわち人民の中から出た成上り者に任せれば、権力と名
誉を追うあまり党派間の軋轢とそこから生ずる無秩序状態に自滅するのが関の山であ
る。人民群集がおだやかに、つまらぬ嫉妬を交えた非難を言いたてずに、個々人の関
心をごちゃまぜにしている国の諸問題を処理することが可能だろうか? 外敵に対し
て自分自身を守ることが可能だろうか? それは考えられない。群集の頭数と同じだ
けバラバラになった計画が、一切の同質性を失って理解を絶し、実行不能となるから
である。<一>

●政治の奥義を授けられた者でなければ政治はできない
 群集が盲目であること、支配を頼むためにその中から選挙された成り上がり者は、
政治に関しては群集と全く同じく盲人であること、政治の奥義を授けられたる者は多
少愚かであっても統治ができるが、反面、大天才であったとしても奥義を授けられな
い者は政治に関しては無知蒙昧であることを、決して考えようとはしなかった・・こ
れらのことを、ゴイムは一切顧みなかった。<一>

●絶対的な独裁なしには文明の存在はありえない
 全体を適切に国家のいくつかの部分に割り当てるといったふうに、大規模かつ明確
な諸計画を念入りに練れるのは独裁支配者だけである。このことから、どんな国でも
申し分ない統治形態は、一人の責任ある人間の手に全機能を集中したものであるとい
う明白な結論が得られる。絶対的な独裁なしには、その人が誰であろうとも、群集に
よってではなくかれらを指導することによって遂行される文明の存在はありえない。

●政治上で成功を収める根本原則は企図を秘匿するにある
 政治上で成功を収める根本原則は、企図を秘匿するにある。外交官は言行一致して
はならないのである。<七>

●系図上の貴族に代えるに金力の貴族を樹立した
 唯一、人民と国とを守るこの階級[貴族]は、われわれに敵対したのである。ゴイ
ムの血統的な、系図上の貴族階級を滅亡させた所に、われわれは、金力の貴族が主導
する、われらの教育を受けた階級を貴族として樹立した。われわれはこの貴族政治の
特徴を、われわれ自身のものである富と、われらが学識ある長老たちが備蓄した知識
とによって確立した。<一>

●ゴイムの王と群集の間には防波堤が設けてある
 われわれにはゴイムの王たちのうちの「利口な」勢力がゴイム群集の「盲目的な」
力と連合しはしないかという懸念があったが、そのような可能性に対する打つべき手
はすべて打った。両者の間でお互いに恐怖の念を抱かせるという防波堤を設けたので
ある。このようにしておけば、人民の盲目勢力は相変らずわれわれを支持し続け、わ
れわれのみがかれらに指導者を与え、もちろん、かれらをわれらが目指す目標へと引
っ張って行くのである。<九>

●われわれの誘導によって人民は貴族階級を全滅させた
 われわれの誘導によって人民は、貴族階級を全滅させてしまった。人民の福利と密
接に結びついた貴族自身の利益のために、貴族階級は人民の唯一の保護者であり養い
親であった。現今では、貴族階級の滅亡によって、人民は労働者の首に残酷無慈悲な
くびきをつないだ守銭奴の手中に落ちた。<三>

●ばらばらに分れた党派はわれらの掌中に飛び込んでいる
 人民は社会主義の問題を国際的協調という手段で解決する必要を感じて遠吠えを挙
げている。ばらばらに分れた党派はわれらの掌中に飛び込んでいる。というのは、分
立抗争すれば金が要るが、金はすべてのわれらの手中にあるからである。<九>

●新聞はわれらの手中に落ちた
 今日の国家は、人民の世論を創り出す強力な力をその手に持っている。すなわち、
新聞である。新聞が果たす役割は、必要欠くべからざると考えられることを指摘し、
人民の愚痴にはけ口を与え、不平不満を表明し作り出すことにある。言論の自由の勝
利が具体的になるのは新聞においてである。だが、ゴイムの国家は、いかにこの力を
効果的に使うかについては知っていたためしがなく、新聞はわれらが手中に落ちた。
新聞を通じて、われわれはその背後にあって、影響力を行使した。<二>

●新聞は「強国」である。
 ゴイムの政府は、すでに完成の域に達しつつある、われわれが練り上げた大規模な
計画に沿うように行動させなければならない。何によってかといえば、いわゆる「強
国」と称する手段を使い、ひそかにわれわれが吹き込んだ世論というものによってで
ある。「強国」・・それは新聞である。その中には、ごくわずか例外はあるが、すで
に完全にわれらの手中にある。<七>

●新聞界メーソンの結束は固い
 フランス新聞界のみではあるが、今日でもすでにメーソンの連帯行動を物語る形態
があり標語ももっている。すべての新聞機関は、結束して職業上の秘密を守っている。
古代の卜占官さながらに、その成員は、過去に解決ずみの問題でない限り、情報源を
漏らしたりはしない。ジャーナリストならただの一人もこの秘密を暴露するような愚
挙を犯しはしない。というのは、どの一人をとってみても、かねて過去に不行跡な事
などをしない限りは、文筆仲間に入れて貰えないからである……秘密を漏らしたりし
ようものなら、直ちに過去の不行跡が暴露されるというものである。秘密が少数の間
でだけ知られている限りは、ジャーナリストの権威は大多数の人々に行きわたり・・
群集は熱狂的に彼に従う。<十二>


●群集の意見を先導するにはわれわれの仕組の働きを良くするだけで事足りる
 群集の意見を先導するには、われわれの仕組の働きを良くするだけで事足りるので
あり、われわれがかれらに賛同を求めるのは、あれこれの問題についてのわれわれの
行動ではなく言説であることに気付かれるであろう。われわれは常に、希望に導かれ
確信に基いてすべての事業にあたり、公共の福利に奉仕しているのであると公言して
いる。<十三>

●法律を文字に拘泥せずに解釈する
 現行の法律については、内容的には変えることなく、単にねじ曲げて反対の解釈を
することによって、結果としては大層な成果を挙げてきた。その成果は、第一に解釈
が法律を覆い隠すという事実に、次いで立法の錯綜した糸から何かを引き出すのは不
可能なために、政府の目から法が完全に姿を隠すという点に明かに見てとれる。法律
を文字に拘泥せずに解釈するという学説は、ここに起源がある。<九>

●こんぐらがった法律用語を駆使して事態を正当化しなければならない
 われわれは、常軌を逸していると思われるほど大胆かつ不正な裁定を下さなければ
ならない場合のために、言葉の微妙な綾を探し出し、こんぐらがった法律用語を駆使
して事態を正当化しなけれはならない。そして、この裁定が最も高潔で道徳にかなっ
たことを法律用語で言っているのだと思わせるように、はっきり述べることが肝要で
ある。<八>

●重要な問題は明確に言い切ってはならない
 権力の分立、言論の自由、新聞、宗教(信仰)、法の前の平等な結社の自由、財産
の不可侵性、居住、徴税(脱税の考え方)、法の遡及力……これらの問題はすべて、
直接手を出したり人民の前であからさまにすべきではないような事どもである。どう
しても直接触れなければならない際には、明確に言い切ってはならない。現在の法に
ついてのわれわれの原則的な考えを微に入り細に穿って語ることなく、単にさらりと
言ってのけるだけに留めなくてはならない。……原理を明かさなければ、われわれは
行動の自由を確保しておいて、かれらの注意を惹くことなくあれこれとそらせるが、
一部でも明言してしまうと、たった一言だけで何もかも与えてしまったことになるか
らである。<十>

●労働者を資本の権利に従わせるのは飢えである
 われわれの権力は、労働者の慢性食料不足と肉体的虚弱を必要とする。まさにそう
しておいてこそ、彼はわれわれの意のままに従うようになり、われわれに敵対する強
さも意志もなくなり、自分たちの権威を見つけ出そうとはしなくなる。王たちが正当
に貴族に与えた権力よりも、さらに確実に労働者を資本の権利に従わせるのが飢えで
ある。<三>

●憎悪は経済危機の火で倍加される
 憎悪は、〝経済危機〟の効果で数倍もの火の手を挙げるだろう。経済危機たるや為
替取引を中止させ、工業を停止させるだろう。われわれは、自分たちが熟知している
隠密な方法を総動員し、すべてわれわれの手中にある金力の助けを借りて、大規模な
経済危機を作り出し、それによって全ヨーロッパ諸国の労働者群集をいっせいにまと
めて路上に放り出すだろう。これらの群集は、ただ単に無知であるがゆえに、揺籃時
代から羨み妬んでいた連中を喜んで血祭りにあげ、連中の財産を略奪できるだろう。
かれらは〝われわれのもの〟には手をつけない。なぜなら、襲撃の時機を知っている
のはわれわれであり、われわれは財産を守る手が打てるからである。<四>

●投機を産業の基礎にしなければならない
 ゴイム社会をきっぱりと崩壊滅亡せんがためには、投機を産業の基礎にしなければ
ならない。その結果、産業が国土から引き出したものは、いくつかの手を通り抜けて
投機に手渡される、すなわち、われらが階級に転り込むであろう。<四>

●戦争は経済に基礎を置くように仕向けるべきである
 われわれの目的には戦争は欠くべからざるものである。が、できる限り、戦争が領
土的な利益をもたらさないように仕向けるべきである。そうすれば、戦争は経済に基
盤を置くようになり、各国はわれわれの支配の強力さを思い知らされるであろう。ま
た、当事国は双方ともわれわれが国境を越えて放った代理人団の思うがままに操られ
るだろう。<二>

●金本位制を採用した国々は危殆に瀕している
 御存知のように、金本位制を採用した国々は危殆に瀕している。われわれが流通し
ている金を出来る限り引き上げるものだから、通貨の必要を満たすことが出来なくな
っている。<二十>

●われわれが計画したゴイムの財政制度と原理の改革案は国庫を空にさせる
 われわれが計画したゴイムの財政制度と原理の改革案は、誰も肝を潰さないように
衣をかぶせてある……ゴイ政府の無頓着なやり方のお蔭で、国庫はついに空になる。
ここで国債時代が始まるのだが、国債は国庫以外のものまで呑み込み、かくてゴイ国
家全部がご破産となるのである。先刻御承知であろうが、かくのごき財政管理法は、
われわれがゴイムに授けた方法であって、われわれがこれを実行することはできない。
<二十>

●国債は支配者の頭の上にぶら下っているダモクレスの剣である
 国債はどんな種類であろうとも、国家が脆弱であり国家機能を理解することすら欠
如している証拠である。国債は支配者の頭の上にぶら下っているダモクレスの剣のよ
うなもので、支配者は国民から税金を取る代わりに、われわれの銀行家に掌をさしの
ばして憐れみを乞うようになる。外債は国家の体に取りついている蛭であって、蛭の
方で自然に落ちるか、国家が叩き潰しでもしない限り取れるものではない。だが、ゴ
イの国家はこの蛭を払い落とさない。行き着く先は減亡というところまで、ますます
取りつかせ太らせ、最後は失血して自ら死を招くのである。<二十>

●かれらの人民は驚くべきほど勤勉なのに途方もない財政的混乱に陥った原因
 ゴイの支配者たちは、かつてわれわれが助言したとおりに、国務を怠って各国代表
たちとの宴会や儀礼、歓楽にふけっていた。かれらはわれわれの支配が目に見えない
ようにする衝立に過ぎなかった。王たちに代って寵臣たちが書いた回顧録なるものは、
実はわれわれの代理人が書いたのであるが、そこには決まって将来の経済と繁栄が約
束されていたので、皮相的にしか物を考えない人間たちを満足させた……が、何の経
済のことか? どんな新税を?・・われわれの回顧録や計画を読めばそういう問が出
てくるはずなのに、誰一人として質問しなかった。かれらの人民は驚くべきほど勤勉
なのに、かれらが途方もない財政的混乱に陥った原因が、そのうかつさにあったこと
は、諸兄はよく御承知のことと思う。<二十>

●ゴイム政府が必要とする金は人民から取り立てた方がはるかに簡単であったのに!
 ゴイムの頭というのは、思考力の発達していないことにかけては、全く野獣並みで
あることが明々白々ではないか! かれらは、われわれから利子付きの金を借りてい
る[外債]。その元利を返そうと思えば、国庫から取り出す以外に手はなく、結局ま
たわれわれから借りなければならず、どうあってもわれわれの懐に戻るということを
考えても見ようとしないのである。かれらが必要とする金は、人民から取り立てた方
がはるかに簡単であったのに!<二十>

●リベラリズムを注入すれば国家は敗血症に犯される
 もしも国家機構の一部を損傷すれば、国家は病気にかかり、死ぬことになることは
人体と同様である。われわれが国家機関にリベラリズムの毒を注ぎ込んだら、その政
治複合体全体がある変化を起こし、国家が不治の病い・・敗血症・・に犯され、あと
は悶絶死という終焉を待つばかりである。<十>

●憲法は国家の機能を破壊する学校以外の何ものでもない
 リベラリズムは立憲国家を作った。それはゴイムにとっては唯一の安全装置である
専制国家に代るものであった。よく御存知のように、憲法は混乱、誤解、争論、見解
の相違、各党派の実りなき煽動等の一切合切の学校・・一言にして言えば、これら何
もかもが国家の機能を破壊する学校以外の何ものでもない。<十>

●人民の代表は取り替えてよいものだとは任命権をわれわれに預けたことになる
 自由という言葉の抽象性のゆえに、われわれはすべての国の群集に、かれらの政府
は国の所有者である人民のための豚小屋の番人に過ぎないのだ、番人は破れた手袋の
ように取り替えていいものなのだと説きつけることができた。人民の代表は取り替え
られるものなのだ、ということは、われわれが自由に利用できるということであり、
言うなれば、任命権をわれわれに預けたことになるのである。<一>

●行政官たちはわれわれの手の内にある将棋の歩(ふ)である
 われわれが公衆の中から選んだ行政官たちは、奴隷のように従順な資質であるかど
うかを厳しく監視され、支配技術に長けた人物にはさせないだろう。それゆえに、か
れらが、全世界の諸問題を律すべく幼年期より養育された助言者・専門家である学識
者と天才の手の内にある将棋の歩(ふ)となるのは容易である。<二>

●政府の要職には国民との間に溝がある人間を座らせる
 しばしの間、もはや政府の要職にユダヤ人兄弟を据えても危険はないという時期ま
で、その椅子には別の人間を座らせよう。とかく過去や世評に何かとあり、国民との
間に溝がある人間を、である。その人間がわれわれの意に従わない場合には処刑し放
逐しなければならない・・かれらが最後の息を引き取るまで、われわれの利益を守ら
せるために。<八>

●大統領はゴイ人民の地下に仕掛けられた地雷である
「おしゃべり屋」連中の手助けをする護民官は、ほかならぬ新聞である。新聞屋は支
配者に怠慢無能の烙印を押し、よって無益無用であると断罪した。実にこのために多
くの国々で支配者が退位させられたのである。その時であった、共和国時代到来の可
能性が見えたのは。その時であった、われわれが支配者に代えて政府の似顔絵・・群
集、すなわちわれらが奴隷、われらの人形たちの中から拾い上げた大統領・・を置き
換えたのは。これはゴイ人民の地下に仕掛けられた地雷であった。敢えて申し上げる
が、ゴイ人民の地下に、である。<十>

●大統領には過去に古傷のある候補者を選ぶ
 われわれの計画が然るべき成果を挙げるためには、パナマ汚職事件その他のような、
過去に隠れた古傷を持っている候補を選んで選挙に臨む・・すると、そういう連中は
旧悪を暴露される怖さと権力を得た者の常で、すなわち、大統領の地位に付きものの
特権と名譽を失うまいとして、われわれの計画達成の当てにしてよい代理人となるの
である。<十>

●大統領はわれわれが選んで与える
[フランス議会の]下院は、大統領を選出し、援護し、保護するであろうが、われわ
れは新法案を提案したり既成法案を修正したりする権限を奪ってしまう。というのは、
この権限は責任ある大統領、われらの手中にある傀儡に、われわれが与えるのである。
そうすれば事の成行きとして、大統領の権威は四方八方から攻撃の的となる。だが、
われわれは自己防衛の手段として、人民に呼びかける権限、代議員たちの頭越しに直
接人民に呼びかけて決定させる、すなわち、大統領といえども一員である盲目の奴隷
・・群集の大多数・・に呼びかける権限を彼に確保してやる。<十>

●大統領の責任を回避させる手を打つ
 われわれの計画がまだ熟成していなくて、実際には非合法の状態でこれら一連のこ
とを全部実行して、なおかつわれわれが立てた大統領に全責任を負わせないためには、
大統領周辺の大臣や高官を教唆して、かれらが自分たちの裁量でやったことであり、
かれらを身代りにして責任を取らせることで、大統領の責任を回避させる……この件
に関しては、われわれは特別に上院、最高行政裁判所、閣僚会議に役割を与えるが、
一個人には勧めない。<十>

●大統領には憲法を逸脱した新しい法案を提案する権限をもたせる
 大統領は、幾通りにも解釈できる法律の意味を、われわれの意図する通りに解釈す
るであろう。大統領はさらに進んで、われわれが廃止の必要を指示すれば、法律を廃
止することもやるだろう。その他に、大統領は臨時法を、また、国利国益のためには
これが必要だと言いつくろって、憲法の枠から逸脱した新しい法案すら提案する権限
を持つだろう。<十>


●政治犯罪者が主義に殉ずるものとして尊ばれることをなくす
 政治犯罪者が主義に殉ずるものとして尊ばれることをなくすためには、裁判の際に、
かれらを強盗、殺人犯、その他言語同断破廉恥極まる犯罪者と同じく扱うのである。
そうすると世間は、政治犯をその種の犯罪と同種の不道徳な犯罪と見做し、軽蔑の眼
差しで見下げるようになる。ゴイムが反政府活動を圧殺するのに同じ手段を用いない
よう、われわれは極力努力してきたし、今後もその努力は継続したいと思う。新聞や
演説講演・・間接的には巧みに編集した歴史教科書・・を通じて、われわれは反政府
屋を公共の福利のために殉じた殉難者として宣伝してきたのは、以上の理由からであ
る。この宣伝がふくれ上って、リベラルたちが増加し、何千というゴイムをわれわれ
の家畜群に引き込んだのである。<十九>

●人間を加工するものは教育と訓練である
 破壊すべき時期でない時にゴイムの諸制度を破壊しないようにするため、われわれ
は巧妙にそっと手をかけた。そして、かれらの機械を動かしているバネの端をつまん
だ。これらのバネは精妙にしかも秩序正しく動いていた。われわれはそのバネを混沌
放従のリベラリズムに代えた。われわれは法律の運営、選挙の管理、新聞、個人の自
由を、原理的にはどうにでも加工できる生存物[人間]の土台である教育と訓練とい
うバネを操った。<九>

●政治活動はゴイ政府と一戦交えさせるためにわれわれが施した訓練であった
 厄介になるかも知れない連中に政事の諸問題に首を突っ込ませないようにするのに、
われわれは政事に代わるものを熱心に勧めている。すなわち商工業の問題である。こ
の分野でなら、どれほど騒いでもよろしい! 政事に代わって何か没頭できるものが
あれば、群集は政治活動の類いから手を放して一服することに異存はない(政治活動
は、ゴイ政府と一戦交えさせるために、われわれがかれらに施した訓練であった)。
商工業問題においては、われわれは政治そっくりの事をやっているかのように思うよ
うに処方してある。<十三>

●さらに政治から遠ざけるために娯楽、芸術、スボーツをあてがう
 かれらがかかずらわっていることを解き当てさせないように、われわれは娯楽、競
技、ゲーム、色事、遊び場をあてがって、更に政事から遠ざける……そのうち、われ
われは新聞を使って芸術、スポーツなどありとあらゆる種類の競争を始める。こうい
うことに関心が向けられれば、われわれがかれらと争わなければならない問題から、
かれらを完全に遠ざけるだろう。ますますかれら自身の意見を反映したり形にしたり
することが難しくなるに従って、人民はわれわれと同じ口調で語るようになる。なぜ
ならば、われわれだけがかれらの考え方に新しい方向付けを示しているからである…
…もちろん、われわれとは表面的には無関係の人々を通じてであるが。<十三>

●われわれの政府はすでに超法規的な状態で存在している
 われわれの行動範囲には限界を遮るものがない。われらの超政府はすでに強力絶大
な言葉で現わされている超法規的な状態で存続している・・すなわち独裁である。
<九>

●武装蜂起にはこういう手段に出る
 諸兄の中には、来たるべき時が来ないうちに、もしもゴイムが真相を嗅ぎつけたら、
かれらは武器を手にして蜂起すると言われる方もおられるようが、それに備えるに西
欧においては、最も太い肝玉の持ち主をも戦慄させる恐怖作戦をもって対抗する・・
すなわち、決定的な瞬間が来る前にすべての首都に地下鉄道、大都市の地下通路が設
けられ、事到ればそれらの首都を建物や書類もろとも空中に吹き飛ばすのである。
<九>

●反抗する国がある場合は世界戦争という手段に訴える
 われわれに反抗する国がある場合は、その隣の国から戦争を仕掛けさせ、反逆行動
をことごとく叩き潰す位置にいなければならない。しかし、その隣国も束になって反
抗するならば、その折にはわれわれは世界戦争という手段に訴えて対抗しなければな
らない。<七>

     幹部団とメーソン員

●メーソン員はわれわれの前に立てられた屏風である
 あれこれの秘密組織の手による専制、その活動は幕の蔭であらゆる代理人の背後で
働くだけに、手きびしいことでも平気でやる。それら代理人たちは交代するので、不
当に襲われないばかりか、秘密の勢力を効果的に助けている。しばしば交代するおか
げで、長期活動の報酬が節減できるのである。見えない勢力というものを転覆する位
置にあるのはいったい誰か? ここにこそわれわれの特徴がある。非ユダヤ人を入れ
てあるメーソン員は、われわれとわれわれの目標の前に立てられた屏風として隠密裡
に活動するが、わが勢力の活動計画は、その所在すら人民には全く謎に包まれたまま
にされる。

●われわれの幹部団は特別な人士で構成される
 われわれの幹部団は、周囲に全分野の知的人士を従え、その中心にあって仕事をす
るようにしなければならない。幹部団は、政界人、老練な法曹人、行政官、外交官、
そして決定的に重要なことは、われわれの特別な教育機関で特別教育を受けた人士で
構成されるだろう。これらの人士は、社会構造のすべての機微を知っていて、政治の
初歩から要諦までのすべての用語に通じている。これらの人士は、人間の裏側すべて
に通じ、かれらが操作しなければならない人間機微の体系を熟知している……言うま
でもないことであるが、われわれの陣営の補佐役をゴイムから選んではならない。か
れらは何が目的かを考える苦労をせず、何が必要なことであるかを決して熟考せずに
事を運ぶことに慣らされている。ゴイムの役人たちは、書類に目を通さずに署名をし
ている。報酬目当てか野望のためかで仕事をしているのである。<八>

●ユダヤ人教育の主たる内容は経済学である
 われわれは全世界の経済人にわれらの政府を取り巻かせるであろう。ユダヤ人教育
の主たる内容が経済学であるのは、この目的のためである。さらに、われわれの周囲
には、銀行家、産業人、資本家・・大切なことは・・百万長者といった人たちのきら
びやかな群がいる。実際のところ、万事は金で解決がつくからである。<八>

●秘密結社に喜んで入ってくるのは一般人の中では軽薄に属する人間が多い
 秘密結社に喜んで入ってくるのは、世渡りがうまく出世第一主義で、一般人の中で
は軽薄に属する人物が多いので、かれらを御してわれわれが仕組んだことを片付けさ
せるのは、さして苦労のいることではない。<十五>

●王国実現まではフリーメーソン支部を世界各国に増設する
 われわれの王国を実現するまでの期間は……フリーメーソン支部を世界各国にどし
どし増設し、そこへ名士になりそうな人物、現に名士である人物を引き入れる。それ
というのも、それら支部は重要な情報集積所であり、情報を流す出口でもあるからで
ある。メーソンの全支部は、われわれだけが承知していて他には絶対に誰も知らない
中央管理機構の下に置く。その機構を構成するのは、われらの学織ある長老たちであ
る。支部には代表者がいるが、かれらは上記のメーソンの真の管理機構を覆い隠すた
めに置かれるものであり、標語や計画は蔭の管理機構から発せられるのである。<十
五>

●われらの王国樹立の際には現存秘密結社はすべて解散させる
 このためには、われわれの王国到来に反対しいやしくも武器を執る(手にする)者
は一人たりとも容赦なく殺戮する。秘密結社に類するあらゆる種類の新団体結成もま
た、死をもって処する。われわれが認めている現存秘密結社は、役立つものも役立っ
たことのあるものも、一率に解散させ、欧州から遥か離れた地方へ追放する。あまり
にも事情をよく知り過ぎたゴイのメーソン員にも同断の処置を執る。なんらかの理由
でこの処置を執らなかった者に対しても、追放の恐怖で脅迫しておく。われわれの支
配の中心地である欧州からは、秘密結社員全員を追放に処する法律を作成し公布する。
この決定は変更できず、これに対する控訴は許さない。<十五>

●われらの兄弟たちには反対行動をとった結社員を告発する義務がある
 今日でもわれらの兄弟たちは、自分の責任において、自分の家族の背教者や結社に
反対する行動をとった結社員を告発する義務をもっているが、それと同じことを全世
界を支配するわれらの王国においても、わが臣民全員に国家に対する奉仕として義務
づけるのである。このような組織こそが、権威権力の乱用や贈収賄や、われわれの機
密計画を使い、人間についての超人類的な理論を駆使し、われわれがゴイムに植え付
けた悪習のすべてを根絶させるであろう。<十七>

●われわれは本人も分らないようにメーソン員を処刑する
 何びとも避けられない終局は死である。どうせ避けられないものならば、新秩序の
建設者であるわれわれよりも、建設の邪魔をする人間に早く回してやった方がよろし
い。われわれは、同胞のほかには誰も気付かないように、本人自身でさえも死刑宣告
されたことが判らないように巧みにメーソンを処刑する。必要とあれば全員あたかも
自然死のごとく息を引き取るのである。……われわれはゴイムにはリベラリズムを説
くけれども、同時に一方では、わが民やわれらの代理人たちにはひたすら恭順に服さ
せる。<十五>

●世界同時クーデターの暁には……
 世界各地に同時にクーデターを勃発させ遂に決定的にわれらが王国に突入し、現存
する政府という政府が誰の目にも没落したことが明らかになった時(これが実際に起
こるには少からぬ時間、恐らくまるまる一世紀はかかるだろう)、われわれに対する
陰謀の類いは絶対に存在を許さないように監視する仕事がある。<十五>

●「反ユダヤ主義」は下層ユダヤ人を監視するには必要である
 実際にはわれわれは、われわれ自身以外のものは、あらゆる種類の支配を一掃した
けれども、法律上はまだ数多くのものが残っている。今日では、どこかの国がわれら
に対して反抗を示したとしても、われわれの裁量下、われわれの指導下にあって形式
的に反抗してあるに過ぎない。一例として反ユダヤ主義は、われわれが下層の兄弟た
ち[ユダヤ人]を監視するには必要欠くべからざるものだからである。<九>

     ユダヤ王とその王国

●われわれは世界のすべてを支配すべく神自身に選ばれたのである
 預言者たちによれば、われわれは世界のすべてを支配すべく神自身に選ばれたので
ある。神はわれわれがこの使命を遂行できるように、われわれに天与の才を授けられ
た。仮に反対陣営に天与の才が授けられたとしたら、われわれに闘いを挑んでいたで
あろうが、駆出し者というものはしょせん古くから定着している者には太刀打ちでき
ない。……さよう! かれらの天才は現われるのが遅過ぎたのである。<五>

●自然はわれわれが世界を導き支配するように創造した
 ゴイムとわれわれの間の能力の差違こそが、ゴイムの空っぽ頭と対比して、われわ
れが神の選民として、また、高い人間性をもつ運命が定められているゆえんが明白に
証明される。ゴイムの目は開いていても何も見ていないし、何も創造しない(恐らく
物質的なもの以外は)。このことをもってしても、自然はわれわれが世界を導き支配
するように創造したことが明白である。<十五>

●富があればこそ万物に秩序をもたらす
 われわれの手中には、現代最も威力を発揮するもの・・〝金〟がある。われわれは
二日間あれば必要な量の金をわれわれの貯蔵庫から集めることができる。この事以上
に、われわれの支配は神の思召しであることを証明する必要があるだろうか。かよう
な富があればこそ、何世紀にもわたってわれわれが重ねなければならなかった悪がす
べて、真実の福利を最終の最終にもたらす・・万物に秩序をもたらす・・ために役立
つことが疑いもなく明らかであるだろう。<二十二>

●われわれはクーデターでこう語る
 われわれのクーデターが成功した暁には、われわれはさまざまの階層の人々にこう
言うだろう。「何もかもが恐しく悪くなり、すべてが我慢できない状態に陥ったが、
われわれは諸君がこうむっている苦痛の原因・・民族心、国境、身分の違い・・を根
絶しつつある。もちろん、諸君がわれわれを断罪するのは自由である。だが、われわ
れが提供するものに挑戦もしないうちに断罪するとしたら、それはちょっと大胆過ぎ
るというものではないか」……すると群集はわれわれを讃え、希望と期待にふくれ上
がり全員こぞって手を差しのべ、われわれを激励し、われわれを讃える。<十>

●われわれはすべての保護者として超政府の重要性を強調しなければならない
 あらゆる手だてをつくして、われわれに進んで従う者すべての保護者、恩人を代表
するものとして、われらが超政府の重要性を強調しなければならない。<六>

●われわれは強力に集中化した政府を樹立する
 いたる所で腐敗が広まっている社会、富者だけが詐欺同然の悪賢い奇策に富んだ社
会、たるみ切った社会、道徳が進んで守られるのではなく懲罰厳罰によって維持され
る社会、信仰心や愛国心が無国境主義的信念に一掃された社会に、どんな種類の統制
支配なら適用できるか? あとで述べるような専制支配以外に、どんな支配形態なら
このような社会にあてはめられるか? われわれは社会の全勢力をこの手に掌握せん
がため強力に集中化した政府を樹立しようと思う。<五>

●われわれの専制は一分の隙もない独裁である
 われわれの専制は一分の隙もない独裁である。それがいかに、炯眼厳格な方法によ
ってあらゆる不満を鎮圧し、すべての制度慣習のリベラリズムを麻痺させるかを知る
だろう。

●わが王国の特徴は専制ということの強力さを遺憾なく発揮する
 われわれは新たな法律によって、国民の政治生活すべてを手加減することなく律し
ようと思う。それらの法律は、ゴイムが許してきた寛大とか特典とかを一つづつ全部
取り潰すだろう。いかなる時にもいかなる場所でも、行動や言葉でわれらに盾突くゴ
イムを一人残らず一掃する立場で臨み、専制ということの強力さを遺憾なく発揮する
のが、わが王国の特徴である。<五>

●われわれの憲法発布の翌日からは永久に抹消されねばならないことがある
 新憲法発布の翌日からは、新聞報道の自由、結社の権利、信教の自由、その他あま
たの事柄は、人間の記憶からは永久に抹消されなければならないか、急激な変更が加
えられなければならない。<十一>

●いかなる場合でもわれわれは人民と権力を分け合うことはありえない
 憲法発布のその瞬間、世界の人民は革命が成し遂げた厳然たる事実に呆然とし、ま
だ恐怖心と半信半疑の気持に捕われている時から、われわれがすこぶる強力、難攻不
落、かつ、十二分過ぎるくらい力に溢れていて、いかなる場合であっても、かれらに
一顧も与えず、かれらの意見や意志には一瞥も加えず、いかなるささやかな反抗の表
明も示威も、時と所を問わず、一つ残らず粉砕する用意があり可能であり、われわれ
は取るべきものはすべて取り、いかなる事情にせよ、われわれはかれらと権力を分け
合うことはありえない……そうすれば、かれらは恐怖に身震いして何事にも目を閉じ、
事の成行きを最後まで見守るほかはないであろう。ゴイムは羊の群であり、われわれ
は狼である。狼が羊の群に入ったらどういうことが起こるか、御存知であろう。<十
一>

●われらの強さは離散より生れ来った
 神は与え給うた。われら神の選民に、離散という贈り物をして下さった。それは万
人の目からはわれらの弱さと映るが、われらの強さは離散より生れ来たったのである。
それが今や全世界支配という戸口に到達している。今やわれわれが据えた基礎の上に
築くべきことは、余すこと僅かとなっている。<十一>

●人民はわれらの独裁者に向ってこう叫ぶだろう
 憲法廃止以前にわれらの独裁者が認められるかも知れぬが、その秋が来ればそれま
での支配者たちの無能無策に・・われわれが仕組んだことであるのだが・・業を煮や
した人民たちは、大声で叫ぶだろう。「奴らを追放しろ、世界を治めるのは一人でい
い。おれたちをまとめて争いの種をなくしてくれ・・国境、民族、宗教、国債、そん
なものは御免だ・・平和と秩序をくれ、今までの支配者や議員が決してくれなかった
平和と秩序を!」<十>

●悪の予防接種を施せばゴイムはわれわれの支配下に入る
 だが、諸氏は完璧に理解されていると思う、すべての国々でこのような叫びを挙げ
させるには、すべての国々で、紛争、憎悪、闘争、羨望、さらに拷問、さらに飢餓に
よって、人間性が疲労困憊の極に達するまで、人民と政府との関係を悪化させること
が絶対不可欠であることを。これら悪の予防接種を施すことによって、また欠乏によ
って、ゴイムは金銭その他すべてのことにわたってわれわれの支配下に入る以外のこ
とは考えなくなる。ただし、もしも世界の国民にホッと一息でも入れさせるならば、
われわれが渇望する時は九分九厘到来しないのである。<十>

●群集を一大盲目力に仕上げる
 群集は、従順に応待すれば見返りがあるわれわれの話を聞くことだけに慣らされる。
このようにして、群集の指導者としてわれわれがかれらの頭に据えてやった代理人の
指導なくしては、どんな方向へも一歩も足が踏み出せないほど総員を一大盲目力に仕
上げるのである。人民は新しい指導者たちが自分たちの生計、報酬、あらゆる種類の
利益になることを握っていることが判るから、この方式に服従する。<十>

●われらの王国ではゴイムには未来の幸福のために苦しみを引き受けさせる
 ゴイの社会には、根深く対立抗争の種を植え込んでおいたので、秩序を回復するに
は権威の力を直接見せつけた容赦ない手段を執るよりほかはない。苦しむ者に一顧だ
に与えてはならない。未来の幸福のために苦しみを引き受けさせるのである。いかな
る犠牲を払ってでも福利を達成することこそ、どんな政府でも自分たちの存続を忠実
に考え、特権維持ではなく職責完遂を顧みるならば、断じて遂行しなければならない
義務である。<十五>

●われわれは犯罪者は何をさておいても逮捕する
 われわれは、犯罪者とあれば根拠が十分であろうと不十分であろうと、まず逮捕す
る。万一間違えるといけないということで、政治的堕落や犯罪を犯した疑わしき者に
逃亡の機会を与えるとは、とんでもないことである。政治犯の場合は、文字通り峻厳
でなければならない。単純犯罪で動機の再審議を許可し、特別扱いをすることが可能
な場合でも、職権を持った者の他には何びとといえども事件に介入する口実は存在し
ない。<十八>

●反政府活動屋は象に対して吠え立てる小犬以外の何ものでもない
 反政府活動屋は象に対してキャンキャン吠え立てる小犬以外の何ものでもない。組
織的に活動している政府にとっては、警察の見地からではなく公共の立場から見ても、
小犬が象に吠え立てるのは、象の強さや力を全く知らないからであると見做す。これ
には両者の力関係を一度だけ見せてやる以外は何もする必要はない。そうすれば小犬
は吠え立てるのを止め、次からは象を見ると尻尾を巻いて逃げ出すであろう。<十九>

●われわれの臣民の三人に一人が他の二人を監視するようにする
 われわれの計画では、われわれの臣民の三人に一人が、国家への無料奉仕義務とし
て他の二人を監視する。かつてのようにスパイは恥ずべきことではなく、評価すべき
ことなのである。しかしながら、根拠のないことを密告した者は厳罰に処し、密告権
の乱用を慎ませる。<十七>

●資本家に富を集中させたのはゴイム政府の力が強くならないようにするため
 貧しい者に課税することは革命の種を蒔くことになって、小を追って大を逃し、国
家の損害となる。そんなこととは全く別に、資本家に課税するのは、個人の富の増加
を防ぐことになる。われわれが昨今資本家の手に富を集中させたのは、ゴイム政府の
力・・国家財政・・が強くならないように、平衡力をつけるためであった。<二十>

●われわれは小さな親方製造業を再編成する
 われわれは小さな親方製造業を再編成して、個人資本の工業家を倒すという狙いを
もっている。大規模の製造業は必ずしも意識的ではないにせよ、政府に反対する考え
方を群集に植えつけるので、この処置は欠かせない。小さな親方たちは罷業を知らず、
既存の秩序にしっかり結び付いている。<二十三>

●現在の課税方式はゴイムの間に不満と反抗を起こさせるためにのみ必要である
 現在の課税方式はゴイムの間に不満と反抗を起こさせるという理由でのみ、われわ
れには必要なのである。われわれの王は、均衡を保つことと安寧を保証することに強
みがある。それがためには、資本家たちは国家機関を正常に動かすために自分の所得
の何分の一かを投げ出すことが絶対に必要なのである。ゆとりのある人々は公共の必
要を賄わなければならない。そういうことが行われると、僻n民は富豪を怨まなくなり、
富める者は国家維持にはなくてはならない財政的支柱であり、国家に必要なものを支
払っているからには、安寧福利の守り役であるということが解ってくるのである。
<二十>

●貨幣の代用に紙幣を使うことが確実に流通を阻害した
 貨幣の代用に紙幣を使うことが、確実に流通を阻害した。この状況が続いてどうい
うことになっているかは、すでに明らかでる。<二十>

●われわれの法律の原則は官憲に対する服従である
 われわれが公然と世界に乗り出し、恩恵を施す折には、われわれの法律はすべて、
いかなるよけいな解釈をする余地もなく、何びとにも完璧に解る、簡潔、明白、確固
としたものであるだろう。そこに貫徹させておくべき原則は、官憲に対する服従であ
り、この原則によって荘重高潔なものとなる。<十五>

●法は逸脱堕落に罰を課し見せしめにするたけに作られる
 裁判官たちは寛容なところを見せたくなるが、それは法の正義を破ることになると
いうことを弁えなければならない。法は逸脱堕落に罰を課して見せしめにするために
作られたのであって、裁判官の徳性を引けびらかすためのものではない……そんなに
徳性を引けらかしたければ私生活でやればいいのであって、人間生活教育の公共の場
を使うべきではない。<十五>

●われわれの絶対主義は万事にわたって論理が貫徹している
 われわれの絶対主義は万事にわたって論理が貫徹しているので、どの判決一つをと
ってみても、われわれの最高意志は尊重され一点の疑念もなく遂行される。あらゆる
種類の不平苦情を無視し、あらゆる種類の示威抗議には制裁を加えて見せしめにする。
われわれは控訴権のような、決定を覆す権利を廃棄する。そういうことはもっぱらわ
れわれの一存・・支配する者の判断に預けられる。われわれが任命した裁判官が誤っ
た判決を下すことがある、というような考えを人民に与えることは断じて許してはな
らない。<十五>

●われわれは全教育課程から政治と法律を排除する
 われわれは全教育課程から政治と同様に法律も排除する。政治法律に関しては、予
め許された者の中からさらに卓越した人物を選び、数十人という少数の人物にのみ教
える。大学はもはや、喜劇や悲劇を書くようなつもりで法案や計画をこね上げたり、
父親たちでさえも理解できなかった政策問題にかかずらわう青二才を世の中に送り出
してはならない。<十六>

●われわれが行う教育の原理は従順である
 われわれはかれら[ゴイム]の教育の中に、完膚なきまでにかれらの秩序を破壊す
る原理を持ち込まなければならなかった。しかしながら、われわれが権力を掌握した
時には、秩序破壊の種になるようなものはことごとく教育課程から駆逐し、青年を権
威に従順な子供にし、平和安寧の希望として統治者を頼みの柱とするように育成する
のである。<十六>

●われわれの歴史研究はゴイム政府が犯した誤ちをことごとく叙述する
 どんな形の歴史研究も皆そうであるが、範を過去に求める古典主義で行くと良い例
よりも悪い例の方が多いのであって、われわれはそれに代えるに未来研究をもってす
る。われわれは、われわれにとって好ましくない過去何世紀かの人類の記憶を一切消
去し、ゴイム政府が犯した誤ちをことごとく叙述する。実際生活、秩序に対する義務、
人民相互間の関係、悪を伝染する利己的な実例、その他教育の本質に関わる類似の問
題の研究、これらが教育計画の最前線に置かれるだろう。その実施にあたっては職業
ごと、あるいは生活状態によって別々にし、教育は決して画一的に行ってはならない。
この処置は、特に重要である。<十六>

●われわれは私学という私学をことごく廃止する
 われわれは私学という私学をことごく廃止する。教育施設の中では、あたかもクラ
ブのように、親たちとの集まりを持つことは許す。休日には、そういう集まりに教師
が参加して、人間関係、見せしめの罰則、神の選民ではない者のいろいろな制約等々
の問題、とどめには、まだ世界で明らかにされていない新たな哲学原理について、課
外講義で読んで聞かせるだろう。その原理は、最終的にわれわれの信仰に従わせるた
めの移行期の教理として、われわれが提起するのである。<十六>

●討議や投票は邪推と誤解の烙印を押すようなものである
 政府の計画というものは、一人の頭脳で万端出来上っているべきである。なぜなら
ば、多数の頭で部分部分をばらばらに作らせると、決して確固不動のものにはならな
い。それゆえ、われわれは行動計画を知っているのは良いが、その巧妙さ、各部分の
緊密な連関性、各要点の隠れた意味を破壊しないようにするには、討議してはならな
い。度重なる投票という手段でこの種の労作を討論し修正を加えることは、邪推と誤
解の烙印を押すことになり諸計画の進行と結びつきを妨げる。われわれは計画が強力
に適切に仕組まれることを欲する。ゆえに、われわれはわれわれの指導の天高フ労作
を、群集やあるいは特別な団体にすら毒牙にかけさせてはならない。<十>


●人民はわれらが王を神と崇めて帰依献身しその専制に従うであろう
 われわれの政府は、支配する側からいえば族長父権的保護という外観を呈するだろ
う。われわれ民族とわれらの国民は、王という人物に、王との関係はもとより、国民
が望むこと、国民がやっていること、国民間のいろいろな関係などの何もかもを気使
う父の姿を見るだろう。安穏無事に生きたいと切に願うならば、国民は完全にこの考
えにとらわれ、この方の保護と指導なしには何もやって行けなくなり、とりわけ、わ
れわれが任命した者たちが私利私欲のためにではなく、ひたすら誠実に命令を実行し
ているだけであることを知ったときには、われらが王を神と崇めて帰依献身し、その
専制に従うであろう。<十五>

●人類を服従に立脚させることは強者の権利である
 義務を実行させる権利は、臣民に対する父たる政府の第一の責務である。人類を天
然が定めた秩序すなわち服従に立脚させることは、強者の権利である。この世の万物
は、人間でないものでも環境か、そのもの自身の本性か、いずれにしてももっと強い
者に服従させられている。であるからこそ、善を実現するためには、われわれはさら
に強い者になろうではないか。<十五>

●悪に懲罰を加えることは一大教育課題である
 われわれは確立した秩序に違反する者は何びとでも、躊躇なく犠牲にせざるをえな
い。見せしめに悪に懲罰を加えることは、一大教育課題である。<十五>

●われらの王国は金融市場をすべて廃止する
 われわれが世界の王座に昇る時は、われわれの利益に反するかかる財政上の窮策を
痕跡も残さず一掃し、併せて金融市場をすべて廃止する。われわれの権威は価格変動
に左右されるべきではないから、価格上昇も下落もできないように、法令をもって価
格というものを固定してしまう。(価格を吊り上げるのは落とすためであり、実にこ
の方法によってわれわれはゴイムとの関係の初期にかれらを弄んだのである)。<二
十一>

●罷業は政府にとっては破滅的な一大問題である
 罷業は政府にとっては破滅的な一大問題である。われわれは時の権力をわれらの手
に移す時に、この手を使う。<二十三>

●われらの王国では酩酊も法律によって禁止する
 酩酊も法律によって禁止し、酒の力で野獣に変わる人間性に対する罪として処罰す
る。<二十三>

●われわれの国家では検閲を財源に変えてしまう
 出版物の刊行は、今日ではそれを検閲するとなると大変金のかかることであるが、
われわれはわれわれの国家にとって得な財源に変えてしまう。新聞等の発行団体や印
刷所に許可を出す前に、特別印紙税と[損害に備えての]保証金を納めさせるのであ
る。これをやっておくと、新聞等のいかなる攻撃からも政府を守ることができる。わ
れわれに対する新聞等の攻撃などがあろうものなら、われわれは仮借なく罰金を科す
る。保証の形をとるこのような印紙税、保証金、罰金といった方法は、政府の大いな
る財源となるであろう。<十二>

●われわれを攻撃するものの中にはわれわれが設立した機関も含まれる
 われわれを攻撃するものの中には、われわれが設立した機関も含まれるということ
である。だが、かれらは、われわれが予め改正しようと決めた部分のみを攻撃するの
である。<十二>

●一片の記事といえどもわれわれの検閲抜きには公表されることはない
 一片の記事といえどもわれわれの検閲抜きには公表されることはない。現在ですら
すでにこのことは達成されていて、すべてのニュースは少数の通信社に世界中から集
められそこから配付されるようになっている。通信社は追って完全にわれわれの傘下
に入り、われわれが許可したものだけが一般に供給されるようになるだろう。

●われらの敵対者をこうして罠にはめる
 文学とジャーナリズムは、最も重要な教育手段のうちの双璧であり、それゆえに、
わが政府は大多数の雑誌の所有主となる。このことは、独立系新聞の有害な影響を緩
和し、公衆の精神に甚大な影響をもたらすだろう……仮に十の新聞に発行許可を与え
たとすると、われわれは三十に及ぶ新聞社を設立する。しかしながら、公衆はそんな
事情はゆめ知らず考えてみようともしない。われわれが発行する新聞はすべて、見た
目には反対の傾向や意見をもち、それゆえにわれわれに対する信頼を集め、われわれ
にとっては全き疑うことなき反対者を呼び寄せる。このようにして、われらの敵対者
は罠にはまり、牙を抜かれるのである。<十二>

●新聞の見せかけの一斉射撃には意味がある
 われわれの機関は、われわれの公式の新聞に対して見せかけの一斉射撃を浴びせる。
われわれに対するこの集中砲火は、ほかの目的、すなわち、言論の自由はまだちゃん
と存在していると納得させ、われらが代理人に、反対者たちはわれわれの指示に対し
て、実のある反対意見をこれっぱかりも示さなかったからには、われわれに反対する
機関はみな空騒ぎしているだけではないかと断言する材料を提供する。公衆の目には
感知されないが絶対確実なこのような組織方法は、公衆の関心と信頼をわが政府に惹
きつけておくのに最高の方法である。<十二>

●新体制下ではどの種類の新聞にも社会腐敗を暴露する記事は載せさせない
 われわれが完全な主権を手中にするまでの過渡期の新体制の時期まで進んだら、も
はやどの種類の新聞にも社会腐敗を暴露する記事は載せさせない。新体制下では万人
が完全に満足しているから犯罪を犯す者はいないと信じさせることが必要である……
犯行の真相解明は、被害者とたまたま目撃した者だけに留めておくべきであって、そ
れ以外には必要ない。<十二>

●われらの王は宴会を一切廃止する
 支配者の代表的な行為に、儀礼のための宴会というのがあるが、これは貴重な時間
を浪費するものであるから、王に統括と熟慮の時間を確保するために、宴会は一切廃
止する。王の力は、きらびやかな王位を取り囲み、自分のことしか考えず国家の問題
なぞ念頭にない取り巻き連中にかしづかれ、取るに足らないことに時間を割かれるべ
きではない。<二十>

●国の資産はことごとく王が所有者である
 われらの王は、法的な形では国の資産はことごとく王が所有者であり(形だけでな
く実際にも容易にそれが適用できる)、国内流通を規制するためにはあらゆる資産の
総額から合法的に徴収することができる……富める者は、税金を払えば残りの金は国
家が財産不可侵権で保障してくれ、なおかつ正直な利益を保護してくれるのだから、
余分な金の一部は国家に御自由にお使い下さいと差し出すのが義務であると考えなく
てはならないのである。私は今、「正直な」と言った。これは財産をしっかり監督す
れば、法律でいう泥棒を駆逐するということを意味している。<二十>

●われわれの支配者は目に見えない護衛だけに守られる
 われわれの支配者は目に見えない護衛だけに守られる。反政府暴動があるやも知れ
ず、王にはそれを抑える力がなく逃げ隠れているという考えは断じて与えてはならな
い。<十八>

●公然と護衛することは強そうに見える王者の弱さをさらすことになる
 公然と護衛することは、強そうに見える王者の政治組織の弱さをさらすことになる。
われわれの王は人民の中に行くときは常に、見た目には全く偶然そこに居合せた物見
高い男女の群集に取り囲まれたかのように見せる。……公然たる護衛警察は王者の神
秘的権威を失わせる。少々大胆さを持ち合わせていれば、誰でも自分は護衛を自由に
操れると思い込み、暗殺者は自分の力に自信を抱き、時至れば官憲に一撃を加える瞬
間をうかがう……ゴイムには、われわれは正反対のことを教えてきたが、目立つ護衛
策がどんな結果をもたらしたかを、事実そのものによってとくと見ることができた。
<十八>
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